見延典子の新たなルーツ探しの旅

菅谷半之丞 ネットより
菅谷半之丞 ネットより

2019・1・30

菅谷半之丞と酒田(山形県)

 

菅谷半之丞についてはほとんど調べたことがない。

私の父方の祖母の父、つまり私の曽祖父は山形の本間家に仕えていた。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と謳われた酒田(山形県)の豪商である。


そこで菅谷半之丞の子孫が酒田に来たことがあるかを探ることが ルーツ探しの糸口になるのではないかと考えた。だがなんと、菅谷半之丞には妻子がないという情報がインターネットに出ているではないか。早くも崖っぷちである。しかし妻子を離縁して討ち入りに加わったということではないのか。まずはそのあたりから調べてみよう。

 

2019・1・29

菅谷半之丞とは?

 

私の父方の祖母の旧姓は「菅谷」という。「先祖は菅谷半之丞」といっていた。昨年、上梓した『私のルーツ』を書いている時、その話を思い出した。いつか調べようと思っていたが、今、調べるしかないと思い直し、情報を求めることにする。お気づきのことがあれば、ご連絡下さい。よろしくお願いいたします。

菅谷半之丞 ネットより
菅谷半之丞 ネットより

菅谷半之丞(すがやはんのじょう)

1660-1703 江戸時代前期の武士。
播磨(兵庫県)赤穂藩士。赤穂四十七士のひとり。馬廻り役兼郡代。禄100石。元禄15年吉良邸討ち入りに加わる。元禄16年2月4日切腹。44歳。名は政利。変名は政右衛門。

   見延典子
   見延典子

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

『汚名』(本分社)

 

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