2016・7・22 山根兼昭さん「頼春水 没後二百年」
頼春水、没後満二百年・命日1816年2月19日享年71歳
命日は過ぎましたが、お盆の季節でも有り、春水を偲びたいと思います。
頼春水が山陽に対する思いも、色々有りますが、印象深い出来事は次の通りです。
1813年3月、春水は13歳になった聿庵を連れて、「有馬温泉へ湯治に行く」と山陽に連絡いたします。
本心は、山陽の暮らし向きも知りたいし、勘当同様の処遇も解いてやりたいとの思いでした。
四年ぶりに父に会った山陽は、京都の名所旧跡など一ヶ月程待遊して、西宮まで送って行ったのでありました。
家君に別れ奉る後、難波橋に上る 頼 山陽
歓娯 頭を回らせば 既に茫然 ひとり長橋に倚って 海天を望む
日おち 山低うして 帰鳥没す 阿爺 今夕 何れの辺にか宿る
「大意」
ー父上にお目にかかり、喜びもつかの間 別れのときを迎えてしまった。・・ああ、今夜はどのあたりに宿を取られるのであろうか。
此の頃の山陽は、姫路などに講演や、潤筆活動をしておりましたが、「鞭声粛々・・」の詩が売れ始め、漸く生活にも余裕が出来てきたので有りました。