2015・10・18 頼山陽が「太宰府」で詠んだ詩

 

頼山陽は九州遊歴中の文政元年5月太宰府を訪れた。

事務局の進藤多万による読み、語釈、訳。

 

謁菅右府祠廟有作 菅右府の祠廟を謁して作有り

 

都府樓唯看瓦色    都府樓は 唯だ瓦の色を看

觀音寺獨聽鐘聲    觀音寺は 獨だ鐘聲を聽く

相公此句燥髪誦    相公の此の句 燥髪(さうはつ)より誦し

今日始向此際行    今日始めて此の際に向かひて行く

想見傑搆堆畫甍    想見す 傑搆(けつこう) 畫甍(ぐわぼう) (うづたか)

蕐鯨雄吼法王城    蕐鯨(くわげい) 法王城(はふわうじやう)に雄吼(いうこう)せしを

宰帥虚名實閑廢    宰帥(さいそつ)は虚名 實は閑廢

思罪卻掃掩柴荊    罪を思ひ卻掃(きやくさう) 柴荊(さいけい)を掩(おほ)

儒生袞黻眞罕事    儒生の袞黻(こんふつ) 眞に罕(かん)()

久矣銓衡論門地    久しいかな 銓衡(せんかう) 門地を論ず

洞知沈痼須良藥    (ちん)()を洞(どう)()して良藥を須(もち)

鋭意蟠根試利器    鋭意蟠根(ばんこん) 利器を試む

酬知何暇恤人言    知に酬ゆる 何ぞ人言を恤(うれ)ふるに暇(いとま)あらんや

奮摶自折凌雲翅    奮摶(ふんばく)し自ら折る 凌雲の翅

爲鬼爲蜮奚足尤    鬼と爲り蜮(よく)と爲る (なん)ぞ尤(とが)むるに足らん

群雞一鶴宜相忌    群雞(ぐんけい)の一鶴(いつかく) (むべ)なり相(あひ)忌む

國瘁天數豈與公    國瘁(つか)れ天數 豈に公に與(くみ)せんや

鞶鑑已矣又彤弓    鞶鑑(ばんかん)已んぬるかな 又た彤弓(とうきう)

世態幾回浮雲變    世態 幾たびか回(めぐ) 浮雲變じ

獨有威徳傳無窮    獨り 威徳の無窮に傳はる有り

寢廟棟宇彌岐嶷    寢廟の棟宇 (いよい)よ岐()(ぎよく)

祀典于今群兆億    祀典 今に于(おい) 兆億群がる

顧視府樓空斷礎    顧みて府樓を視れば 空しく斷礎

寺餘數椽亦傾仄    寺は數椽(すうてん)を餘して亦た傾仄(けいそく)

行人田閒拾缺瓦    行人 田閒に缺瓦(けつぐわ)を拾へば

猶存相公看時色    猶ほ存す 相公(しやうこう)看し時の色

  三善清行勸公乞退。公不納、遂及於禍。宇多擢公、以抑相家之權。相家所不欲、非唯同列者忌也。

  (三善清行 公に退を乞ふを勸む。公納れず、遂に禍に及ぶ。宇多公を擢し、以て相家の權を抑ふ。相家の欲せざる所は、唯だ同列者の忌むのみに非ざるなり。)

 

【語釈】

*文政元年(一八一八)、山陽三十九歳の作。

[菅右府祠廟]右大臣・菅原道真を祀る太宰府天満宮。

[都府樓唯看瓦色、觀音寺獨聽鐘聲]菅原道真の「不出門」詩中の句。(『菅家後集』四七八、七律)

        不出門(門を出でず)

    一從謫落在柴荊    一たび謫落(たくらく)してより柴荊(さいけい)に在り

    萬死兢兢跼蹐情    萬死兢兢(きようきよう)たり 跼蹐(きよくせき)の情

    都府樓纔看瓦色    都府樓は纔(わず)かに瓦色(ぐわしよく)を看

    觀音寺只聽鐘聲    觀音寺は只だ鐘聲を聽く

    中懷好逐孤雲去    中懷(ちうくわい) 好し 孤雲を逐ふて去り

    外物相逢満月迎    外物 (あひ)逢ふて満月迎ふ

    此地雖身無檢繋    此の地 身に檢繋(けんさく)無しと雖も

    何爲寸歩出門行    (なん)()れぞ寸歩も門を出て行かん

 

[燥髪]子供時代。『資治通鑑』巻一二一、劉宋の元嘉七年に「我生髪未燥、已聞河南是我地」(我れ生まれて髪未だ燥かざるに、已に河南は是れ我が地なりと聞く)とある。

[傑搆]すぐれた構え。

[蕐鯨]梵鐘。

[法王城]ほとけの城、寺院。

[宰帥]太宰の権の帥。

[卻掃]世間と交渉を絶つこと。

[柴荊]あばらや。前出の「不出門」詩に「一從謫落在柴荊、萬死兢兢跼蹐情」(一たび謫落して從り柴荊に在り、萬死兢兢跼蹐の情)とある。

[袞黻]天子及び三公(太政大臣、左大臣、右大臣)の衣装。

[罕事]まれなこと。

[銓衡]選考。

[洞知]洞察。

[沈痼]永年の悪習。

[蟠根試利器]「蟠根」は、わだかまった根。「利器」は、鋭い刃物、転じて優れた人物のたとえ。『後漢書』巻五十八、虞・(ぐく)傳に「不遇蟠根錯節、何以別利器」(蟠根錯節に遇はずんば、何を以てか利器と別たん)とある。 (・言+羽)

[凌雲翅]雲よりも高く上がる羽、飛び抜けた才能。

[爲鬼爲蜮]鬼も蜮もともに目に見えず人を害するので、陰険な人にたとえる。『詩経』小雅・何()(じん)()に「爲鬼爲蜮、則不可得」(鬼爲り蜮爲らば、則ち得()可からず)とある。

[群雞一鶴]多数の中で一人だけ抜きんでていること。『晉書』巻八十九、嵆紹傳に「昂昂然如野鶴之在鷄羣」(昂昂然として野鶴の鷄羣に在るが如し)とある。

[天數]天の道。自然の理法。

[鞶鑑已矣又彤弓]「鞶鑑」は、鏡のついた大帯。『春秋左氏伝』荘公二十一年に、「鄭伯之享王也、王以后之鞶鑑予之。虢公請器。王予之爵。鄭伯由是始悪於王。」(鄭伯の王を享せしとき、王后の鞶鑑を以て之に予ふ。虢公器を請ふ。王之に爵を予ふ。鄭伯是に由りて始めて王を悪む。)とある。「彤弓」は、赤塗りの弓。天子が功労ある諸侯に与えた物。ここは、山陽詠史詩A1一七  詠史十二首 其の一を参照。

[寢廟]みたまや。前にある建物が廟で、祖先の像や位牌が安置され、寢はその後ろの建物で、衣冠や机などが置かれる。『詩経』小雅・巧言に「奕奕寢廟、君子作之」(奕奕たる寢廟、君子之れを作る)とある。

[岐嶷]すぐれている。

[祀典]祭りの儀式。

[斷礎]壊れたいしずえ。

[傾仄]かたむく。

[行人]山陽自身。

【訳】

 右大臣菅原道真の祠廟を謁して作有り

都府樓は ただ瓦の色を看

觀音寺は ただ鐘聲を聴く

道真公のこの句は 子供の頃から口ずさんでいたが

今日始めて この所に向かって行く

想い見る すぐれた構えに 絵瓦はうずたかく

梵鐘は 觀音寺に響き渡っていたことを

太宰権帥(だざいのごんのそつ)とは虚名 実は閑職

罪を思い 客を断り あばらやを閉じる

儒者で三公になったのは まことにめずらしい事で

長い間 選考は家柄によった

悪弊を洞察して 改革し

懸命にわだかまる根に なたをふるわれた

知遇にお答えするのに どうして人の言葉を気にかける暇があろうか

奮闘しみずから凌雲の翅を折ってしまった

讒言が横行したのも 咎めるに足らないこと

群雞の中の一鶴 (あい)嫌われるのも無理もない

国は衰え自然の道理も どうして公に味方しようか

「鞶鑑」も「彤弓」もどうしようもないことで

世の形は幾たびかめぐり 世情は変わっても

ただ威徳はとこしえに伝わっているのだ

みたまやの棟木は ますます高く聳え

祀りには 今でも 多くのひとが群がる

振り返り都府樓を視れば 壊れた礎が空しく

寺は数本の垂木を残してもう傾いている

旅人が 田圃に壊れ瓦を拾えば

まだ 道真公が看た時の色が 残っている

  (三善清行は 公に退任を勧めた。公は聞き入れず、遂に流罪になった。宇多天皇は公を抜擢し、それで藤原氏の専横を抑えた。藤原氏が気に入らなかったのは、ただ同列者の忌みだけではなかったのだ。)

 

 

 

ホームページ編集人  見延典子
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