この本、すでに所蔵しているのだが、立ち去り難く、つい購入してしまう。現在の出版状況から考えると、このような書物が今後出される可能性は極めて低いだろう。読者プレゼントにでもしようか(笑)

 

 

2018・1・18

古本まつりで「頼山陽」

 

広島市内をぶらぶら歩いていると、地下街シャレオで古本まつりが行われていて、『頼山陽』が出品されている。「日本思想体系」(岩波書店1977)の一冊で、『日本政記」が収録されている。40年前の定価は3200円。でも今は…

 

物の価値とは何なのであろう。
物の価値とは何なのであろう。

写真はそのメバルの口の中。妙に生々しい。煮つけて美味しくいただきましたけど(笑)

 

 

2018・1・16

さて、なんでしょう②

 

今回は一転、グロテクス。昨夜まで瀬戸内海で泳いでいたという「メバル」をたくさんもらう。


ブローチ? 髪飾り? 

2018・1・14

さて、なんでしょう

 

海外のお土産にいただいたもの。さて、なんでしょう。

正解は左の写真。ベネチアガラスかな。美しい一品。

 

 


熱気に満ちた応援団
熱気に満ちた応援団

大接戦の末、JTサンダースの勝利。途中「松井広島市長も観戦です」のアナウンスに、一同、ロイヤルボックス席を見上げる。

2017・1・11

JTサンダースの応援

 

先日の連休、広島の男子バレーボールJTサンダースの試合を観戦にグリーンアリーナへ。

私もデジカメを向けた一人だが、はるか上段、二十メートルほど先にお座りの市長夫妻の姿をクッキリとらえる。最近のデジカメのズーム力はすごい!とヘンなところで感心する。

 

 


しかしながら席上、同会を牽引してくださっていたMさんから、退会されるとのお話があった。Mさんは北海道江差、松前や京都、伊丹を巡る旅猿ツア一はじめ、「頼山陽ネットワーク」の多くの行事にご参加。古代史から近代史まで幅広い知識を活かし、解説も引き受けてくださった。また常に活動を見守ってくださり、多くの的確なご助言もいただいた。Mさん、ご体調が戻りましたら、ぜひ復帰してくださいね。

 

 

2018・1・7

「日本外史を読む会」新年会

 

5日「日本外史を読む会」の新年会が広島市内で行われた。「日本外史を読む会」は23年前に発足。頼山陽史跡資料館に月2回集まり、「日本外史」「日本楽府」「日本政記」と頼山陽の著作を読み、現在再び「日本外史」の音読を続けている。

会員は12名(2017年末)

 

挨拶をされるMさん(中央)
挨拶をされるMさん(中央)

水引で作ったペンダントだという。

2018・1・5

水引のペンダント

 

家族の新年会で、お嫁さんからプレゼントをもらう。

繊細で、光沢があり、お洒落。さっそくつけよう。ありがとう。

 

 

 


近くの神社に初もうでも。帰りはラーメン屋へ。なかなかの盛況ぶり。皆、考えることは同じらしい。

空を見上げるとスーパームーン。

2018・1・3 

お正月

 

家族の新年会。お嫁さんが豪華なおせち料理を持ってきてくれる。お酒も入り、わいわいと。

  よい年でありますように。

 

 


特集「2018年は句会に挑戦」として、「六回の会」のメンバー重岡さんのインタビューが掲載されている。第二面全体を使っての大きな記事である。「六回の会」は2018年結成25年を迎える。指導者のいない気楽な句会だが、朝日俳壇の入選者もいてレベルはまあまあ(笑)

にぎやかな句会の様子(17年12月)  右から3人目が重岡さん。一人おいて見延
にぎやかな句会の様子(17年12月)  右から3人目が重岡さん。一人おいて見延

2017・12・31

句会の紹介記事

 

私が参加している句会「六回の会」がウェンデイ広島2018年1月号(左)で紹介された。

第二面全体を使っての「俳句特集」
第二面全体を使っての「俳句特集」

※ウエンデイ広島は合人社グループ出版局(広島市)発行。広島県内で十万部が無料配布されている。インターネットでも読むことができる。

 

 


2017・12・30

みんな、頼山陽

 

高橋三千綱さんとの思い出話になってしまったが、書きたかったのは別のことだ。アルコール依存症に陥った三千綱さんが肝臓の検査を受けたところ、 γ-GTP の数値が4026だったという。通常なら100以上にはならない。


とうぜん医者は禁酒を勧めるが、三千綱さんは従わない。そのため症状は悪化していく。その顛末を面白おかしく400ページにも及ぶエッセイにまとめてしまうのは作家の〃業〃であろう。

 

業といえば、昨年亡くなった同じく作家車谷長吉の奥さん高橋順子が書いた『夫・車谷長吉』は、読むほどに車谷長吉の厄介な性格が垣間見える。一般社会でいう「偏屈」である。このような男性と添い遂げるのは並大抵のことではないだろう。

 

ご両人とも、よく言えば「自分に忠実に生きる」ということになるのだろうが、周囲にいる人にはいろいろな形で影響(迷惑?)を及ぼす。読みながら、幾度となく頼山陽を思い出した。頼山陽の生き方は、近代から現代にかけての作家の原型かもしれない。

 

 

2017・12・29

高橋三千綱さんと「かもく」

 

高橋三千綱さんは40年ほど前『九月の空』で芥川賞を受賞した。当時30歳くらいではなかったか。

 

その直前であったか、私は都内で三千綱さんと二人っきりでお会いしたことがある。確か早稲田文学の編集の方に頼まれて、原稿を受け取りにいったのだと記憶する。


待ち合わせは私鉄沿線にある喫茶店。実は三千綱さんのお住いと私が住んでいた所は至近距離にあった。またこれが大切なのだが、私は三千綱さんの大ファンであった。そんなことから、編集部の方が気をきかせてくれたのだろう(笑)

 

約束の喫茶店で待つことしばし。私の前に現れた三千綱さんは「ちょっと待ってね」といい、二人の間に置かれたテ一ブルに原稿用紙を広げ、原稿を書きはじめた。と思うや、私に向かって「かもくのかってどんな字だっけ」といった。

 

私は答えられなかった。勉強不足が最大の理由だが、憧れの作家を前に完全にのぼせあがっていたことも原因の一つだろう。「空欄にしておくから、後で調べて、埋めておいて」といわれて、玉稿を受け取った。今でも「寡黙」という字を見ると、三千綱さんを思い出す。

 

その後、歳月が流れ、何年前だったか、東京で開かれるある会のメンバーに三千綱さんの名前があり、お会いできるかもしれないとの思い、上京した。だが残念ながらご欠席で、病気療養中であることを知った。

 

2016年発行『ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病』(幻冬舎 )には闘病の模様が書かれている。 

                           続く

 

屯田兵の開墾さながら、鎌やら鋸だの持ち出し、娘と二人で格闘すること2時間余り。

2017・12・25

クリスマスに

 

「そのうちに」と思いながら、放ったらかしだった姑の家の庭。気がつけば悲惨な状態に。

謙遜でもなんでもなく「猫の額」ほどの広さしかない庭。そこから土嚢袋9個の枯草が出るとは…。

 

やっと地面が見えてきた頃、雨が降り出し、作業を終える。ご褒美はクリスマスケーキ。

 

 

 


教室に行くと、机の上に何種類かの花が活けられている。この場でたまたま出会った花と花。こうして出会うのも何かの縁でしょうね。

集中するに従い、気ぜわしかった思いが薄らいでいく。

2017・12・22

取り合わせ

 

年の瀬も近く、追われるように過ごしている。正直、絵を描くという気持ちになれないのだが…

…というようなことを考えつつ、一枚の紙の上で、取り合わせて描いてみることに。

  ※白色はトルコキキョウ、赤色はカー

  ネーション、青色はブルースター。

  手前は洋梨のラ・フランス


   見延典子
   見延典子

 

見延典子著

明治維新から150年

忘れられた日本史に生きる

紀行エッセイ

 『私のルーツ

 通信販売「限定」  

   1月28日発売 

 「予約」受付中

 

『汚名』(本分社)

 

 近砂敦著『耶馬渓』

 見延典子の書下ろし

 小説『獲物』を収録

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