10数年前、広島市中区羽衣町にあった広島藩家老、三原浅野家の別邸「萬象園(ばんしょうえん)」が取り壊された際、庭園内にあった灯籠などを広島城に近いこの地に移したものらしい。よく見ると「頼山陽」の名前がある。

2018・12・22

萬象園の碑

 

広島市中心部、バスセンターの北側(リーガロイヤルホテル並び)に小さな碑を見つけた。


「萬象園」と名づけたのは頼山陽と書かれているが、山陽は生前、広島藩において名誉を回復できなかった。家老の別邸の名づけを命じられたとは考えにくい。父の春水なら、可能性はあるだろう。


   見延典子
   見延典子

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

『汚名』(本分社)

 

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