この時、天守閣は耐震工事にため非公開だった。

本末御殿は戦時中に空襲で焼失。昭和の時代(戦前の設計図をもとに、2013年から18年にかけて復元した。空襲に備え、一部に文化財は持ち出され、被害は免れたものもあるとのこと。

将軍が入った「湯殿」は30分に15人限定見学。周辺はまだ修復工事中。

 

2019・1・17

名古屋城、本丸御殿の写真


名古屋松坂屋本店内「鳩居堂」
名古屋松坂屋本店内「鳩居堂」

(社史説明文)王の学者、頼山陽の指導を受けて、筆墨に改良を加え、紙や絵絹にも長足の進歩を遂げましたが、それよりも日本の国がらを教えられ、勤王の精神を強く植え付けられました。

その水魚の交わりのほどは、山陽がその雄大な筆跡をもって自ら「鳩居」と額を書いてくださったり、「筆硯紙墨皆極精良」と書いてくださったり、「鳩居堂記」という長文の巻物を残して下さったことでもわかります。

2018・8・10

山根兼昭さん

「鳩居堂名古屋店にて頼山陽発見」

 

お盆の線香を見に、松坂屋名古屋本店内にある「鳩居堂名古屋店」に行きました。そこで「頼山陽」の話をしましたところ、店員さんが「鳩居堂社史」を見せてくれました。

頼山陽筆「鳩 居」の扁額        丁亥秋七月二九日、三十六峰外史
頼山陽筆「鳩 居」の扁額        丁亥秋七月二九日、三十六峰外史
 頼山陽筆「鳩居堂記」巻物の巻頭。
 頼山陽筆「鳩居堂記」巻物の巻頭。

(感想)頼山陽は1811年に上京し、小石元瑞の世話になり、それから京都鳩居堂からもいろいろ生活援助を得ていたと聞いておりましたが、社史を読むと、鳩居堂の発展に多大な貢献をしていたと云う事が解かりました。名古屋店の女性店員でも山陽の話に答えてくれたことで、鳩居堂では現在も山陽が生きていることを実感し、嬉しく思いました。

   見延典子
   見延典子

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

『汚名』(本分社)

 

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