「十旬花月帖」(頼杏坪著)文政10年、広島から京都への旅です。

特に記載がない場合は石村良子代表が執筆しています。

 上賀茂神社
 上賀茂神社
 立砂(神の降臨する依り代)
 立砂(神の降臨する依り代)
詩仙堂
詩仙堂
 晴好雨奇亭は現在歯科が立つ
 晴好雨奇亭は現在歯科が立つ

20191・23 

頼梅京遊記

 

3月晦日  賀茂へ

4月8日  詩仙堂に行き 平八茶屋にて(香川)景樹と会う

4月11日 近江へ行き 膳所(ぜぜ)の奥村菅次と会う

 上賀茂神馬舎
 上賀茂神馬舎

頼山陽命名膳所「晴好雨奇亭址」奥村菅次邸 琵琶湖ほとりだったが

現在湖より5分ぐらい歩いたところになっている。(右下の写真)

 


 芳野御醍醐天皇宮址
 芳野御醍醐天皇宮址
さこや
さこや

欣浄寺伏見の大仏(日本最大の木造大仏)

20191・18 頼梅京遊記

 

文政10年 

3月20日芳野着 さこや宿

 

3月24日 欣浄寺、大仏に参る 小野小町、深草の少将故縁の寺

大塔の宮(後醍醐天皇第三皇子)決起の地

 深草少将の井戸
深草少将の井戸

20191・12 頼梅京遊記


3月23日 春日の鹿 猿沢の池の雲

     般若寺 後醍醐天皇第三皇子大塔の宮ゆかりの寺

 324日 宇治菊屋萬碧楼に泊まる

 

20191・10 頼梅京遊記


3月15日 京都嵐山の旗亭(宿)三軒茶屋泊 嵐山、亀山花見

3月20日 三輪大神神社参拝(写真は左上から2番目)

                  鳥居から御神体三輪山を見る 神杉

3月23日 奈良春日野の鹿 猿沢の池の雲

3月24日 奈良般若寺 後醍醐天皇皇子、大塔の宮の故の寺 治菊屋

      萬碧楼に泊まる

 

 飯岡義斎墓 龍淵寺
 飯岡義斎墓 龍淵寺

3月5日、伏見着、嵯峨下り、

京三本木着

 小野の小町深草の少将縁故の欣浄寺
 小野の小町深草の少将縁故の欣浄寺

2018・12・28

頼梅京遊記

 

34日 天王寺 龍淵寺 浄春寺参拝

 浄春寺義斎先妻浅川緑墓所
 浄春寺義斎先妻浅川緑墓所
同寺の大仏
同寺の大仏

 神戸生田社
 神戸生田社

3月朔 西宮 楠公墓参 

    生田社参詣 尼崎

湊川神社楠公墓所 
湊川神社楠公墓所 

2018・12・21

西宮、生田、尼崎(兵庫県)

 

文政10年 頼梅颸京遊記

2月25日 七日市

  26日 板倉 吉備津宮

  27日 正条 かたじま

  28日 加古川

  29日 長池 播磨

   晦日  兵庫

 湊川神社楠公墓所
 湊川神社楠公墓所

生田神社には本殿・拝殿の他に、海上安全の大海神社、酒造の松尾神社、稲荷神社など、14の摂社末社が並びます。域外(神戸市内)には一宮から八宮の「裔神八社」がこの生田神社を囲いますが、その中でも三宮神社は神戸の中心地「三宮」の地名の由来にもなっています。幾多の森は源平合戦が繰り広げられた古戦場でもありました。

 

2018・12・15

望月信子さん

「神辺の菅茶山邸と廉塾」

 

頼梅颸京游記

文政10年2月22日 忠海宮床 尾道 今津 

223日 神辺


 

神辺の菅茶山邸と廉塾

 

今年(2018)は菅茶山生誕270年になるのにあわせて10月に広島県歴史博物館に館所蔵の重要文化財「菅茶山関係資料」の常設展示場が開設された。広島県文化財協会の臨時研修でその展示を見に福山を訪れその後神辺まで足を延ばして廉塾を訪れた。

 

 

表門からまっすぐ小径を進み中門をくぐると講堂になりその続きに西側に二階建ての茶山の自宅がある。講堂は三間続きで右側には広い濡れ縁がある。講堂の脇には高屋川から引いた水路があり、塾生はここで筆や硯を洗った。その洗硯場ちかくには大きな柳の木が大きく葉を垂らしていた。

 

 

ここには常時30名ぐらいの塾生がいたそうだ。質素なたたずまいの講堂の中に足を踏み入れるとここで塾生を教育することに生涯をささげた茶山と、ここに落ち着くことのできなかった山陽と、この2人の想いが押し寄せてくるような気がする。この2人をそして多くの塾生を柳の木はいつも見守っていたのだろう。それはもう200年以上も前のことなのだと不思議な感覚を味わった。

註:菅茶山は五柳先生(陶淵明)を自任し五本の柳を植えたという

 

 

 

2018・12・9

竹原

 

頼梅颸「京遊記」

文政10年221

留春居、春風館

註:留春居は現在下蒲刈に移築、白雪楼。天游館額春風72歳書

 

なぜか同下蒲刈「松涛園」に吾が先祖の画家島村湛山の画が2幅飾ってある


2018・12・6

音戸の瀬戸「五勝楼」

 

五勝楼:命名は頼春水と伝えられる。屋今田太郎平という人は、瀬戸島の庄屋であり酒造りをしていた人、五勝楼の離れが現存している.


 

五勝  一、波上の展輝 二、欖外(らんがい)の帆影三、松間の名月四、浦口の漁火

     五、楼下の潮聲

宿暗門憶會随家君泊此今十一年矣 舟暗門(ふねあんもん)宿す(しゅく)憶う(おも)(かっ)って

(随い泊(したがはく)(ここ)今に(いまに)十一年矣 (じゅういちねんなり(

 

頼山陽  文化11年9月11日山陽35歳

 

蓬窓月暗樹如烟       (ほう)(そう)月暗(つきくろ)うして樹烟(じゅけむる)如く(ごとく) 

拍岸波聲驚客眠       (きし)()つの波聲(はせい) 客眠(かくみん)驚かす


)

 

黙數浮沈十年事       黙して(もくして)(かずう)浮沈(ふちん)十年(じゅうねん)(こと)

平公塔下兩維船       (へい)公塔(こうとう)下兩(したふた)(ふね)(つな)

 

船窓から見る月も暗く、樹色もけむっているよう

岸をうつ波の音も高く、客のねむりを覚まさせる。

黙然として指折りかぞえる、父君とかって此処に泊まった時から十年、我が身の浮き沈みがあった事を。

今、清盛公の塔の下に再び船をつなぐ。

註:暗門は音戸の瀬戸

 

 

 

220日瀬戸 五勝楼上陸

2018・12・2

十旬花月帖写真紀行「出発」

 

頼梅颸京遊日記より

文政10年219日頼杏坪一行 杉の木邸出発(現広島市袋町頼山陽史跡資料館)

 

左写真 現在、五勝楼はこの土蔵裏に移築、下写真隣の130年続く呉服屋を改装した「天仁庵」でお昼をいただき色々教えていただく(音戸大橋下、引地一丁目)


ホームページ編集人  見延典子
ホームページ編集人  見延典子

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 監督 東陽一

 原作 見延典子

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 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

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