特に記載のない場合は見延典子が書いています。

2020・11・28

菅公一千年祭紀念碑

 

本欄の11月7日付けで書いているようにタック先生の菅原道真論を、先日読み終えた。

直後、いっしょに論文を読んでいた方から、平和公園近くの天満神社に「菅公一千年祭紀念碑」が建っていることを教えられる。

道真は903年(延喜3)に没し、千年後の1903年(明治36)に一千年祭を迎えた。ネットで検索すると、全国にはかなりの数の「菅公一千年祭紀念碑」が建てられいることがわかる。いったいこれは何を意味しているのだろうか? 

 

菅公一千年祭紀念碑   ネットより
菅公一千年祭紀念碑   ネットより

頼山陽史跡資料館のロビ一
頼山陽史跡資料館のロビ一

演題は「世界文学としての日本外史」で、頼山陽の『日本外史』を紫式部の『源氏物語』と比較し、世界に受け入れられていった状況について語っている。流暢な日本語に圧倒される。講演時間は約20分。視聴は無料。但し、別途入館料が必要(会員、65歳以上は無料)

 

2020・11・21

ロバート・タック氏の講演

 

11月3日に行われた頼山陽シンポジウムでテーマ講演を行ったアリゾナ州立大学助教授ロバート・タック氏の講演内容を頼山陽史跡資料館のロビーで見ることができる。


右は司会のジョン・メ一シング氏(Hiroshima Historiographers主宰)

Hiroshima Historiographersの活動を通して見えてきた、海外の専門家による頼山陽や日本史についての研究や関心の高さを紹介するとともに、外国人にその意義をどう伝える
かそして「日本外史」の再評価の必要性を考えた。

 

2020・11・15

英語で語る頼山陽と日本外史

 

11月14日、国際フェスタ(主催/公益財団法人広島平和文化センター)の一環として「英語で語る頼山陽と日本外史」がオンライン講座(1時間)として行われた。

頼山陽の生い立ちも英語で紹介された。
頼山陽の生い立ちも英語で紹介された。

ひろしま情報aネットより。写真、記事(一部)転用しました。

Hiroshima Historiographersについて

 

活動内容 日本史に詳しいアメリカ出身のジョンとロシア出身のセルゲイらで設立しました


毎週1回英語で書かれた日本史(主に江戸時代)や頼山陽についての資料を読み、英語でディスカッションします。メンバーの半数は外国人で、日本人参加者よりも遥かに日本史を勉強して知識も豊富です。頼山陽の「日本外史」は江戸時代後期のベストセラーでした。頼山陽史跡資料館は当時頼山陽が執筆していた屋敷に建てられています。

頼山陽、近代日本史に関する英語文献を収集・精読し、頼山陽の功績や近代日本史を英語で発信することにより、外国人の日本史への関心を高め、広島への訪問者を増やすことを目的としています。

目的 近代日本史(主に江戸時代)や頼山陽を英文資料で学ぶ

     国際交流ネットワーク加入団体(草の根交流・その他国際化推進)

活動日時 毎週水曜日18時~20時

活動場所 国際会議場3階研修室

会員数10人(うち広島市民8人)

入会条件 趣旨に賛同する人

会費 なし

問い合わせ先

 公益財団法人 広島平和文化センター国際交流・協力課

〒730-0811 広島市中区中島町1番5号

TEL (082)-242-8879 FAX (082) 242-7452
国際交流ネットワークひろしま 研修室予約専用電話 (082) 242-7825

internat@pcf.city.hiroshima.jp

 

2020・11・11

グリフイス記念館さん

「『外史』は圧縮と優雅の模範」

 

グリフィスはThe Mikado's Empireに『日本外史』をたくさん引用しています。頼山陽の文を圧縮と優雅の見本と表現していますから、本当に好きだったと思います。

グリフイス記念館の1階南側展示室     グリフイス記念館HPより
グリフイス記念館の1階南側展示室     グリフイス記念館HPより

また『外史』は彼の日本史観の源泉(アーネスト・サトウ経由のものですが)の一つです。この本は邦訳が後半の日本滞在記だけで、前半の日本史の部分はないのですが、当館HP「建物と展示」「ガイド資料」に最終章だけ載せています。グリフィスがどのように『外史』を読んだかおわかりいただけると思います。

 

福井市グリフイス記念館

〒910-0006 福井県福井市中央3丁目5番4号

TEL・FAX 0776-50-2911 

 

The Mikado's Empire の第三章に、以下の文章があったのを思い出しましたので、お伝えしておきます。

“『日本外史』の多くのページは圧縮と優雅の模範であり、雄弁を戒めた鮮やかな輝きは真実の明察と確信より生じ、忍耐強く事実を吟味し、発見に至るまでの困難な手探りの道を経たものである。その文章の多くが警句を成す。日本の学生たちが最も熱情的に読んだ物語である。”

彼が特筆しているのは『外史』だけなので、彼にとって特別な作品といって間違いありません。

 

 グリフィス関連の著作
 グリフィス関連の著作

2020・11・10

グリフィス関連の著作

 

グリフィス関連の著作を調べると、想像以上に出版されている。

頼山陽や『日本外史』という言葉も何カ所か出てくる。

グリフィスは横浜で出されていた英字新聞「ウィークリイメール」にも


宗教的な記事を寄稿しているから、同新聞に掲載されていた英国の外交官アーネスト・サトウの『日本外史』の訳文を読んでいた。当時の外国人社会は極めて狭く、サトウとも交流はあった。

『明治日本体験記』の解説によれば、イサカ市のコーネル大学のワッソン・コレクションには、グリフイスが所蔵していた頼山陽の『日本外史』(十二巻…原文のまま)と『日本政記』(一、二、三、八のみ)が所蔵されているという。

グリフィスの代表作『皇国』(原題は「The Mikado's Empire」)はグリフィスが帰国後の1876年出版され、グリフイスが「日本通」として知られる契機となった。

 

2020・11・9

グリフィス記念館

 

3日の講演でタック先生が「W.E.グリフィス(1843〜1928)は福井藩に招聘された」と話された。ネットで検索すると、2015年福井市に「グリフィス記念館」が開館していたことがわかった

(グリフィスは現在のボストン市立図書館の壁面に頼山陽の名を刻むことを推挙した人物)

再建されたグリフィス記念館(福井市)  グリフイス記念館HPより
再建されたグリフィス記念館(福井市)  グリフイス記念館HPより

その後、文部省に雇われ、東京南校(後の開成学校)の教師となる。日本での生活は約4年であった。

 

 

W.E.グリフィス。   『近代文学研究叢書28』(1968昭和女子大学近代文学研究室)より。下の写真も
W.E.グリフィス。   『近代文学研究叢書28』(1968昭和女子大学近代文学研究室)より。下の写真も

1870年末、開明派であった松平春嶽と契約し、福井藩校で化学や物理を教えることになったが、着任5カ月で廃藩置県となり、職を失う。

向って左がグリフィス館(当時)
向って左がグリフィス館(当時)

2020・11・8 グランマ宇津志さん「明治以降の日本の異常さ」

 

11/7付け、見延さんの記事を読んで、感じた事です。

言及される通り、改めて、明治以降の日本の異常さについて考えさせられます。

ロバート・タック氏はじめ世界の研究者と繫がることで、俯瞰的に見えてくること、利用される思想の怖さを感じます。このことは、現代社会にも通じますね。

 

ボストン市立図書館の壁面に刻まれた「RAISANYO」と「MICHIZANE」
ボストン市立図書館の壁面に刻まれた「RAISANYO」と「MICHIZANE」

直訳すれば「詩人、模範、文学政治    帝国日本の菅原道真」という意味だろうか。タック先生はこの論文で、菅原道真の評価の変遷を追い、特に明治以降、実像とは大きく変わっていく道真像について言及している。比較するのは恐縮ながら、私が『頼山陽と戦争国家』(2019)で試みたことと同じことをされている。

2020・11・7

タック先生の菅原道真論

 

11月3日のシンポジウムで、ロバート・タックアリゾナ州立大学准教授はほとんどふれられなかったが、タック先生には「 Poets, Paragons, and Literary Politics: Sugawara no Michizane in Imperial Japan」(2014)という論文がある。

明治時代に発行された五円札。       菅原道真が描かれている。
明治時代に発行された五円札。       菅原道真が描かれている。

菅原道真(845~903)は宇多天皇から重用されて右大臣まで昇りつめるが、出世を妬んだ左大臣藤原時平の讒言により大宰府に左遷されたとされる。頼山陽もこの事実を踏まえて漢詩を詠み(二首)、自分の考えを『日本政記』に記している。

私見ながら、山陽の頃までは道真の評価は客観性を備えているが、明治に入るとガラリと変わる。「天皇への忠義」という面でしか論じられなくなる。これは頼山陽の評価についても同様である。

タック先生の論文が書かれたのは2014年。私が英文で書かれたこの論文の存在を知ったのはつい1カ月ほど前である。

 

11月4日付け中国新聞より
11月4日付け中国新聞より

2020・11・5

山根兼昭さん(愛知県在住)

「インターナショナルな講演会」

 

この度のシンポジュウムは、山陽に関しては考えられないほどインターナショナルな講演会で、聴講した甲斐ががありました。


本来山陽に関しては、明治の初めには、上海や英国で「日本外史」の翻訳がなされ、明治15年、ハーバード大学による世界の文豪調査では、英国は「シェイクスピア」、ロシヤは「トルストイ」、フランスは「ビクトルユーゴ」、イタリアは「ダンテ」、さて日本は・・「頼山陽」という評価があります。

改めて、山陽に関しては戦後日本の異常さを痛感しますが、広島へ行くと頼山陽を身近に感じます。

関係者の努力が実り、頼山陽がもう一度再認識されることを願いたいですね。

 

ホームページ編集人  見延典子
ホームページ編集人  見延典子

『俳句エッセイ 日常』

書店では取り扱いません。

残部僅少!

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石村良子代表の編集

『頼先生遊記帖』(『十旬花月帖』) 

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国家に「生かじり」された 

ベストセラー『日本外史』

「頼山陽と戦争国家

感想② 感想③

感想④

南々社
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『もう頬づえはつか      ない』ブルーレイ

 監督 東陽一

 原作 見延典子

※当ホームページではお取扱いしておりません。

 

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

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