見延典子が書いています。

2021・10・5 ロバート・タック先生に訊く 最終回

「『日本外史』の英訳はどこまで進んでいますか? また完成はいつですか?」

 

Q(見延)

『日本外史』の英訳はどこまで進んでいますか? また完成はいつですか?

 

A(タック先生)

今現在『外史』の最初の十一巻、つまり全文の約半分を完成しています。これから校正したり、脚注を入れたり、戦の地図などを作ったりしています。

『外史』の場合では、翻訳というのはただ言葉を訳しただけで終わったようなものではなく、英語圏の国の読者にとってどんな補助・説明が必要なのかというも考えなければいけません。かなり充実した説明がなければ、読んでも意味が分からないという可能性があると思います。

例えば明治初期(18712年)のサトー氏の『外史』の部分的英訳を見れば、補助の必要性が自ずから明らかになってくるでしょう。英語を母国語としている一般の読者でも、サトー氏の英訳は単刀直入にいえばわかり難いと言っても大袈裟ではないと思います。私はサトー氏の犯したような間違を繰り返すつもりはありませんね。

 

 

新型コロナウイルスなどの影響で進歩状況が少し遅れてしまったのですが、これからうまくいけば2024年の終わりごろに全文の完成を目指しています。これからも一生懸命頑張りたいと思っております。

考えてみれば頼山陽の『外史』の執筆は20年もかかったので、翻訳も例えばその半分の10年かかっても、誰も文句は言えないのではないでしょうか…

 

(見延)

ご多忙の折り、質問にお答えいただき、ありがとうございました。

タック先生の『日本外史』全文英訳の完成を楽しみにしております。

ご健筆をお祈り申し上げます。

 

    ※タック先生にご許可をいただいた上で、先生からのメールをそのまま掲載

     しております(見延)

 

2021・10・3 ロバート・タック先生に訊く③

「『日本外史』のどこがおもしろいか?」

 

Q(見延)

「日本外史」のどこがおもしろいと思いますか?

 

A(タック先生)

一番最初に自分の注意を引いた『外史』のところはやはり戦の場面や名セリフだったと思います。例えば、上杉謙信の「争う所は米塩にあらず」など、本能寺で明智光秀による織田信長の暗殺(本能寺の変)などが挙げられます。これはすごいな、英訳すれば関心のある読者はきっといるだろう、とその当時に思ったのです。そういう箇所、つまり戦やセリフ、に『外史』の独特な味わいがあると思います。

 

    ※タック先生にご許可をいただいた上で、先生からのメールをそのまま掲載

     しております(見延)

 

2021・9・30

月刊ウエンデイ広島に「タック先生の『日本外史』英訳」

 

月刊ウエンデイ広島に連載中の「戦前の広島30回」(2021年10月号)に「タック先生の英訳」が掲載された。

wh239-202110.pdf (wendy-net.com)

2021・9・26

ロバート・タック先生に訊く②

「『日本外史』を英訳しようと思った理由」

 

Q(見延)

そもそも『日本外史」を英訳しようと思った理由を教えてください。

 

A(タック先生)

 2008年の春(博士課程3年目にあたりますが)にコロンビア大学で日本漢文のゼミを受けていました。そのとき、漢文の読み方を習う教科書として、駒井明TH.ローリック 共著の『An Introduction to Japanese Kanbun(「日本漢文入門」、名古屋大学出版部)を使っていました。

 

 その本の中には『日本外史』の数か所が例文として入っており、例えば第十一巻の上杉謙信・武田信玄のやり取り「争う所は米塩にあらず」や第十二巻の小早川隆景、「明人をして、日本に小早川隆景なるものあるをして知らしめん」などが特に記憶に残った個所でした。そのときに、これはすごいなと思って、いつかは『外史』を英訳すると決心したのです。

 

 しかし大学院の当時、主な研究テーマは俳人の正岡子規及び明治時代の詩歌と出版文化との関係であったので、『外史』の英訳という長い作業に乗り出す暇はありませんでした。結局2018年に、やっとのこと、拙著の『Idly Scribbling Rhymers: Poetry, Print, and Community in 19th Century Japan』が出て、研究テーマを変える余裕が与えられました。そこで10年も抱いていた『外史』を英訳する希望が実現するようになりました。

 

    ※タック先生にご許可をいただいた上で、先生からのメールをそのまま掲載

     しております(見延)

 

ロバート・タック先生
ロバート・タック先生

2021・9・23

ロバート・タック先生に訊く①

「『日本外史』の英訳に際して使用している文献」


 先日の「第12回アジア学者国際大会(ICAS)」の後、ロバート・タック先生(アメリカのアリゾナご在住)に直接メールをして、現在全文英訳中の『日本外史』についてお尋ねした。

 

Q(見延)『日本外史』の英訳に際して使用している文献はなんですか?

 

A(タック先生)

 1844年に出た保岡嶺南校正の『校刻日本外史』(漢文)をメイン・テキストとして使っています。『日本外史』は元々漢文であったという事実は、それだけの意味があると思いますので、書き下し文だけ読めば、漢文というメディアの意義を消去してしまう恐れがあると思います。

 保岡嶺南校正の『校刻日本外史』
 保岡嶺南校正の『校刻日本外史』

 例えば徳富蘇峰は山陽が「不自由なる漢文」で『外史』を書いたというのを遺憾に思ったと言っていますが(『頼山陽とその時代』1898年)、山陽自身にとって漢文で『外史』を書くことはごく当たり前のことだったと思います。そうは言っても、私は明治以降に出版された書き下し文・現代語訳などを完全に無視しているというわけではありません。

 

 参考に使っている本は数え切れないほど多いですが、特に明治7年の『訓蒙日本外史』、大町桂月の『絵本日本外史』(大正7年)、頼成一氏の『日本外史解義』(昭和6年)、興文社の『日本外史講義』(昭和8年)などが挙げられます。そして、明治初期の『日本外史字解』など、『外史』の表現をほとんど一つ一つ説明しているいわゆる「外史辞書」もたくさんありますので、それらも参考に使っております。

 

    ※タック先生にご許可をいただいた上で、先生からのメールをそのまま掲載

     しております(見延)

 

2021・8・29 4元中継、オンラインで頼山陽

 

 すでに告知していたように、8月28日「第12回アジア学者国際大会(ICAS)」で、頼山陽についての座談会がオンラインで行われた。

 

 テーマは「The Legacy and Times of Sanyo Rai: The nexus of history and historiography in Robert Tuck’s forthcoming Nihon Gaishi translation.」(頼山陽の遺産と時代。ロバート・タックが翻訳を予定している『日本外史』における歴史と歴史学の結びつき)

 ニューヨークにいるベッテイーナ・オカ上智大学教授の司会進行により、『日本外史』の全文英訳に取り組んでいらっしゃるアラスカ在住のロバート・タックアラスカ大学教授からお話を伺った。

 

 また広島にいるジョンさん、山口さん、上口さん、見延は、頼山陽や『日本外史』との関わりを語った。京都の精華大学が主催なので、ニューヨーク、アラスカ、広島、京都の4元中継ということになる。

 

 座談会は英語で行われるということで、ジョンさん、山口さん、上口さんのご協力のもと、高校時代の受験英語以来のトレーニングを重ねてきた。細かなミスはあったが、ベストは尽くした。皆さん、ありがとう!

ホームページ編集人  見延典子
ホームページ編集人  見延典子

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感想② 感想③

感想④

南々社
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 監督 東陽一

 原作 見延典子

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 紀行エッセイ

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