三菱UFJ信託銀行          左に薩摩藩蔵屋敷説明版 ネットより
 三菱UFJ信託銀行          左に薩摩藩蔵屋敷説明版 ネットより

2018・4・23  

石村良子代表

「頼山陽 長崎での寄寓の地」

 

長崎西浜町の薩摩藩蔵屋敷跡は三井銀行長崎出張所、第二次大戦後には跡地に東京銀行が入り、第二次大戦後には三菱信託銀行を経て三菱UFJ信託銀行が営業しています。


頼山陽は此の銀行裏手銅座川に面する所、葉子韶の別荘に武元登々庵の紹介により寄寓していたという。

武元登々庵(たけもと とうとうあん)(17671818)漢詩人・書家・医者。名は正質。字は景文。号は登々庵・行庵。和気郡北方村出身閑谷学校へ入っては、神童といわれた。病身であったため家督を弟君立に譲って諸国を旅行し、20歳の頃、江戸柴野栗山の門に入るが、のち眼科医となる

江戸時代地図の花月地図右(引田屋) 

銅座町(坂本箕山の頼山陽によると山陽の長崎の寓居は三井銀行長崎支店の裏手銅座川に面する楼閣、蘭船唐船の見える所とある。

 〇印は薩摩藩お屋敷あと 丸山花月まで歩いて6~7分
 〇印は薩摩藩お屋敷あと 丸山花月まで歩いて6~7分
長崎花月「頼山陽先生故縁之処」
長崎花月「頼山陽先生故縁之処」

しかし山陽は、江馬細香から託された詩文を、清人の江芸閣に手渡すつもりだったので、肝腎の江芸閣が清国へ帰り、不在であったため、長崎に来るまで待っていたのではないかとも思い直しました。

芸妓さんと舞う
芸妓さんと舞う

九州旅行から帰った山陽から、細香のもとへ手紙と詩が送られてきたのであります。江芸閣は、山陽から、江馬細香のこと、細香の作る詩画のこと、細香の生き方を聞き、新鮮な魅力を感じたようであります。

 

        写真提供 /  石村良子代表

2017・3・10

山根兼昭さん「石村代表の長崎旅猿

『江芸閣と江馬細香』」

 

改めて頼山陽の人脈の広さを感じます。九州旅行の際、長崎に3カ月も逗留したことは、よほど居心地がよかったのかなと思っておりました。

長崎名物「卓袱料理」
長崎名物「卓袱料理」

「細香女学士に寄せ贈る」

書を能くし 画を能くし 文章を総べ

女有り 清貞細香と号す

京洛の風草 芸学に遊ぶ

此の生    鴛鴦と作るを喜ばず

  姑蘇  江芸閣

頼山陽は訪れることができなかった出島
頼山陽は訪れることができなかった出島

   見延典子
   見延典子

 

見延典子著

明治維新から150年

紀行エッセイ

 『私のルーツ

 通信販売「限定」  

    発売中!! 

 

『汚名』(本分社)

 

 近砂敦著『耶馬渓』

 見延典子の書下ろし

 小説『獲物』を収録

 ※詳細はこちら

 

οο 会員募集 οο

 

「頼山陽ネットワーク」の会員になりませんか? 会費は無料。特典があります。

 

 詳しくはこちら