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2016・5・19

福井市立郷土歴史博物館さん

「頼山陽の愛した女流詩人

      片山蘭女と大黒屋」

 

館蔵品ギャラリー展示

頼山陽の愛した女流詩人

片山(らん)(じょ)大黒(だいこく)

 

 江戸時代中期頃から大正時代にかけて、福井城下の北陸道に架かる九十九橋の南東詰に「大黒屋」という和蝋燭や鬢付け油を商いとする商家がありました。

 幕末の歌人、国学者(たちばなの) 曙覧(あけみ)の実家正玄(しょうげん)家にも近い「大黒屋」の四代目平三郎(号=不白(ふはく))は、頼 山陽の書簡に、四代目平三郎が「風流奇行」をもって知られた文人であることが記されており、正玄家と並ぶ好学・文雅の家であったことがわかります。

 この平三郎には三人の娘がおり、その次女が女流漢詩人として名を残した片山蘭女(安永8年=1779~天保7年=1836)その人です。

 蘭女(号=九畹)は、はじめ福井藩の儒学者高野真斎に師事し、のちに京都で角田無幻に書を、頼 山陽に漢詩を学びました。儒学者で漢詩人の梅辻春樵の妻となりますが、離婚して江戸へ行き菊池五山に詩文の添削を受け詩壇の人となりますが、晩年は福井に帰って仏門に入り父が建立した赤坂(福井市)の興楽寺(現宝蔵寺)ですごし、自宅で58歳の生涯を閉じました。

『越前人物志』によりますと、蘭女の書は、その筆勢が(きょう)(けん)(強く勢いがある)で女性の筆ではないようであったといいます。 


頼山陽は蘭女に書簡や自らの書を送るなど、愛情を注ぎました。また姉の郁も詩や書に秀で、妹の三餘(さんよ)も絵が巧みで、「文雅の家」が曙覧の家以外にもその近くに存在したのでした。

 今回の展示では、片山家のご子孫から寄贈を受けた新収蔵品を中心に、文雅の商家大黒屋片山家と蘭女、そしてその師山陽に関する史料を展示紹介しました。

  

 会 期:平成28年5月8日(日)~6月19日(日)

 会 場:福井市立郷土歴史博物館1階館蔵品ギャラリーコーナー

 

 

書軸(写真)の解説

 

・頼 山陽 筆 「橋北橋南」云々の詩幅

・福井市春嶽公記念文庫 所蔵

 

頼山陽の自筆自賦の漢詩として、春嶽公記念文庫に伝わる詩幅である。詩は七言絶句。次のように読み下しできる。

 

橋北橋南、花影層(かさ)なる。酔裙(すいくん)出没(しゅつぼつ)、水(みず)(ほう)を分かつ。前汀(ぜんてい)認め得たり、旧相識。水を隔てて招招、呼び迭(たが)ひに応(こた)ふ。  山陽外史 印

 

 軸裏に松平春嶽の筆で「頼山陽真筆 安政中橋本左内呈 春嶽識」とあることから、安政年間(一八五四~六〇)に橋本左内から春嶽に献上されたものであることが知られる。

  

※このページはすべて福井市立郷土歴史博物館様が送ってくださった資料に基づき作成致しました。福井市立郷土歴史博物館様にお礼申し上げます

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