記念碑のある場所からの眺望。「製紙工場などない江戸時代にはすばらしい海だったのでしょう」と多万さん
記念碑のある場所からの眺望。「製紙工場などない江戸時代にはすばらしい海だったのでしょう」と多万さん

2015・5・10

尾藤二洲の故郷に建つ記念碑2基

 

「頼山陽ネットワーク」事務局の進藤多万さんから、尾藤二洲に関する記念碑2基の写真が寄せられたので、紹介しよう。

 

 

 

 

尾藤二洲は江戸後期の朱子学者で、頼山陽の義理の叔父(母の妹の夫)にあたる。

 

故郷は、今は愛媛県(四国中央氏「四国中央市」となっているが、少し前までは「川之江」と呼ばれていた。製紙工場の多い街である。

 

川之江城にのぼる途中に2基の記念碑がある。

 

 

 

こちらは没後100年祭に建てられたもの。

 

二洲は(1745~1814)は、大坂の片山北海の塾で学び、頼山陽の父の頼春水と親交。後に幕府の儒官となり、老中松平定信の「寛政異学の禁」に貢献した。

 

柴野栗山・古賀精里とともに寛政の三博士と呼ばれる。

   立派な記念碑ですね。多万さん、ありがとう。
   立派な記念碑ですね。多万さん、ありがとう。

 

こちらは2年前の平成25年12月4日、二洲の200年忌に建てられたもの。

 

この碑の除幕式には、尾藤二洲顕彰会からお誘いがあったが、耶馬渓の頼山陽詩碑の除幕式と日程が近く、失礼した。

 

十数年前に、一度、川之江を訪ねたことがある。「二洲饅頭」もあり、二洲が地元の皆様から親しまれている様子が伝わってきた。

 

 

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