特に記載のない場合は見延典子が書いています。

春水の家塾青山社の有った江戸堀より歩いて45分地下鉄で駅3ツ 八軒屋船着き場につく 遊覧船が復活している 

 八軒屋着船の図
 八軒屋着船の図
 手前くらわんか船
 手前くらわんか船

2019・9・6

石村良子代表「八軒屋船着き場」

 

頼春水35歳 静21歳 頼亨翁74歳、大坂よりの京都旅行を追体験する

昔の船着き場跡は通り一つ中にある ここから船中泊12時間で京都に上ったという

春水の漢詩は (つま)携え老(たずさえろう)扶け京(たすけきょうか)向かう(むかう)、、、、、百里家(ひゃくりいえ)離れ家(はなれいえ)有る(ある)(ごと)

父親と妻との旅行に弾んだ様子

 

 


2019・5・25

石村良子代表

「住吉大社 頼山陽永代常夜燈②」

 

頼山陽の住吉大社の永代常夜燈の献燈主は「籃玉大阪積」

 

天保2年辛卯昏正月(1831)に藍玉大阪積み仲間により寄進されたもの(山陽52) 表の阿洲は阿波 藍玉は藍の染料である。阿波藩のものは良質として知られ、全国でも屈指の産地であったとか。

 


地図をもらいましたが、普通に分かりません。ここは例の勘でたどり着きました。

石村良子代表へ

 

さすがの「勘」。感服です。

いつか再訪したいと思います。

         

           見延典子

 

2019・5・24

石村良子代表

「住吉大社 頼山陽永代常夜燈」

 

昨年11月「十旬花月帖」の写真を撮るのに行きました

結婚式場があり。左手の鳥居を入ると、一対になっている。前に貫名海屋の塔。


2019・5・23

住吉大社に

   「頼山陽の灯籠」を探して

 

「頼梅てくてく」でも書いているように、梅颸、山陽母子は住吉大社を訪ねている。そこで今年2月現地訪問。実はもう一つ目的があった。

至るところに灯籠が立つ
至るところに灯籠が立つ

ところが、訪ねて初めてわかったが、広い境内には夥しい数の灯籠が立っている。100基や200基はあるだろう。

不思議な髪飾りをつけた巫女さん
不思議な髪飾りをつけた巫女さん

と思ったのも束の間、有名人が並んでいるマップに「頼山陽」の名前が見当たらない。雨も降り出し、今回は残念ながら、あきらめることに。どなたかリベンジしてください。

 

 

住吉大社の正門
住吉大社の正門

本欄、昨年8月1日付、梅庵さんの「住吉大社に頼山陽?」にあるように、頼山陽が書いたという灯籠を探そうと思ったのである。

どの灯籠もかなり大きい
どの灯籠もかなり大きい

自力で探すのはあきらめ、社務所で訊いたところ、「灯籠マップ」をいただくことができた。「やった!」


2019・2・11 現地を訪ねる 人影がない
2019・2・11 現地を訪ねる 人影がない

一瞬、足がすくむ。さびれているよいうより、荒れている。上空をカラスが飛び、ゴミが散乱している。

2019・3・13

浪速神社

 

1819年、梅が34年ぶりに故郷大坂に帰ったときに立ち寄った「稲荷宮」(浪速神社)を訪ねる。南海電鉄「木津川駅」で下車、徒歩3分。

そもそも「稲荷宮」(浪速神社)と書いてあったのは『頼山陽全伝』である。そこに間違いがあるのだろうか、と不安になるほど。


説明書きを見る限り、由緒ある神社であることは確かなようだ。江戸時代の大坂を調べてみれば、わかることがあるかもしれない。

ただ、土地勘がないので、今のところなんともいえない。ご存じの方がいれば、教えてください。

 

 

 


住吉大社(大阪市)の石灯籠
住吉大社(大阪市)の石灯籠

2018・8・1

梅庵さん「住吉大社に頼山陽?」

 

ある本を読んでいたら、「住吉大社の石灯籠の文字は頼山陽」と書いてありました。

 

難波や京都の神社仏閣にはまるで「文人家業」が席捲したように、揮毫石造物が幅をきかせているように思われますが…。

 

※頼山陽ネットワークからのお願い

この件、ご存じの方がいらっしゃったらご連絡ください。

 

 


風化が進むのを防ぐため、墓はガラスケースの中にある
風化が進むのを防ぐため、墓はガラスケースの中にある

2016・2・3

大阪市の龍渕寺

 

前回、浄春寺のあと、同じく大阪天王寺区にある龍渕寺に行く。ここには頼山陽の母方の祖父母にあたる飯岡義斎夫妻の墓がある。

 

以前は屋外にあったが、風化したので、現在はガラスケースの中に入れられている。

和尚さんが若い方になっている。

 

続いて、和光寺阿弥陀池へ。

 

ここは幼き山陽が毎日のように遊びに行っていたところ。大きな市が立ち 相撲なども行われていたという。

 

近くに木村蒹葭堂住居跡があり、今は大阪府立図書館になっている。

 

 

      石村良子記(写真も)

 

 

 

和光寺は浄土宗の尼寺として知られる名刹
和光寺は浄土宗の尼寺として知られる名刹

      浄春寺の門(大阪市天王寺区)
      浄春寺の門(大阪市天王寺区)

2016・1・30

大阪市の浄春寺

 

上海旅行の帰り、大阪市天王寺区にある浄春寺を訪ねた。

 

 

 

飯岡義斎(頼梅颸の父)の前妻・淺川柳の墓があると知ったからだ。

門前には芭蕉の碑がある。

(写真右)

 

また境内には田能村竹田の墓と立派な碑があり、建碑者代表は高山堂池戸宗三郎

 

さすが大正時代などには 一幅で家五軒が建ったという竹田だけのことはある。

 

    田能村竹田の墓と碑
    田能村竹田の墓と碑
    門前にある松尾芭蕉の碑
    門前にある松尾芭蕉の碑

だが残念ながら。肝心の淺川氏の墓は見当たらなかった。

 

山陽の母のお静さん(梅颸)は 父母の墓龍渕寺参りの折には浄泉寺に必ず参っている。

 

不思議に思っていたけど、ある時ここに義斎さんの前妻の墓があることを知った。

   古墓 あるいはこの中に…
   古墓 あるいはこの中に…

時に山陽をつれて、墓参りしている。舟で途中まで行き、籠で一日かけて、四天王寺、生玉にも寄る。

 

江戸時代の人の健脚には驚くばかり。

     (石村良子記 写真も)


ホームページ編集人  見延典子
ホームページ編集人  見延典子

 石村良子代表の編集

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感想② 感想③

感想④

南々社
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 監督 東陽一

 原作 見延典子

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 『私のルーツ

 

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