2020・6・2

山根兼昭さん

「石村良子代表の『砂川』に題す」

 

「頼山陽、江馬細香 砂川に遊ぶ」

 

門玲子著「江馬細香」の年譜、1822年(文政5年)江馬細香3月初旬上洛、山陽、浦上春琴、小石元瑞らと砂川に遊ぶ。この時山陽43歳、細香36歳。


「砂川飲賦 呈山陽先生」    江馬細香

 

好在ナレ 東郊 売酒ノ亭  秋 残シテ 疎雨 簾旌ヲ撲

市燈 未ダ点ゼズ長提暗ク 同傘 帰リ来タル 此際ノ情

 

(大意)砂川の料亭から三本木の山陽の住居までの、小半時もかからぬ道のりである。木村力山の招待で、砂川での酒宴の果てに雨となり 傘と提灯を借りた。着物の裾を少しからげて、梨影が梅しに傘をさしかけた。もう一つの傘には山陽と細香。影を連ねてひたひたと帰った。

 

その夜、細香は此の詩を作り、此の詩を山陽は、細香の洒脱な座興と評した。その日の「梅し日記」には、「予州の幾右衛門という人のふるまいで砂川へ行く。

細香同伴、帰り雨降り、砂川にて傘、提灯かり、ぬれぬれ帰る。」

 

(感想)細香が生涯で7回、その4回目の上洛で、山陽も一番充実していた頃、一族の幸せ感あふれた状況が伺えます。

 

2020・5・31

石村良子代表

「沙河(砂川)がわかりました」

 

「沙河(砂川)」について判明したことを紹介します。やはり京都市左京区の出町柳付近(山紫水明処の前、鴨川を北に進み、鴨川の分岐点の東側付近)を指したようです。

長徳寺 ネットより
長徳寺 ネットより

かつてこの付近は河原の砂地で、砂川と呼ばれる小河川が流れていて、萩の寺で有名な常林寺、子どもを背負った子育地蔵が微笑ましい正定院、そしてオカメ桜が咲く長徳寺を加えた三つの寺は、砂川のそばにあったお寺として砂川の三軒寺と呼ばれていたそうですが、現在は砂川も姿を消し、お寺もしっかりとした土地の上に立っていますとのことです。

以上、ネットで紹介されていた情報です。この記事を書かれたブロガーに御礼申し上げます。

 

田能村竹田「沙河風物図」        木崎好尚「大田能村竹田」(民友社昭和4)
田能村竹田「沙河風物図」        木崎好尚「大田能村竹田」(民友社昭和4)

大文字焼が行われる如意ケ岳と思われる

2020・5・30

石村良子代表

「沙河(砂川)」について

 

山陽の周辺を調べていると、「沙河(砂川)」という地名が出てくる。

京都市左京区の出町柳付近にあったというが、地形や町並みが変わっているのか、よくわからない。ご存じの方は、教えてください。


「頼山陽全書」に、三田尻の医者(松平定信の娘の侍医)南部伯民が帰郷の折 京都に立ち寄った際 山陽達が歓待するのに 沙河か清輝楼か迷うところがあり

結局 三本木の清輝楼(今年の1月コロナで閉店)を伯民がえらんだ そこに山陽が魚を取り寄せたとある。伯民は春水の知友で広島の家で 玉堂の古琴を一緒に楽しんだという。

 

2016・6・21  山根兼昭さん「敵は本能寺にあり」

 

新暦1582年6月21日(和暦天正10年6月2日)未明 「敵は本能寺にあり」

 

  本能寺   頼山陽

 

本能寺 溝の深さは 幾尺なるぞ  

我が大事をなすは今夕にあり

粽(こうそう)手にあり 藁を併せて食らう  

四簷(しえん)の梅雨 天 墨の如し

老坂 西に去れば 備中の道  

鞭を揚げて 東を指せば 天 なお早し

吾が敵は 正に本能寺に在り 

敵は備中にあり 汝 よく備えよ

 

は包皮、粽はちまき  

*四簷の梅雨ー軒に降り注ぐ梅雨

 

合戦描写が巧みな頼山陽、「光秀よ、手ごわいのは備中にある羽柴秀吉である、その備えが無ければ直ちに撃たれてしまう」と。

日本外史に曰く、「6月人あり、京師の使者と称し曰く。光秀反し、丹波の兵を以っ

て、信長を本能寺に攻めてこれを弑(しい)す。」

ある歴史家は「歴史にー汚名ーを残した一人」と評しております。

織田信長の菩提寺は京都の阿弥陀寺で、今も旧暦6月2日に「信長忌」が行はれているようです。

この本能寺の変が原因で、二年後大事件に発展いたします。外史氏曰く、次回をお楽しみに。

 

20166・1

湯谷祐三さん「詩僧稀鈍の墓」

 

湯谷祐三さんから、これまでほとんど知られていない詩僧稀鈍に関する玉稿と写真2葉が寄せられた。

 

以下、湯谷さんの玉稿より抜粋。「稀鈍は土佐国間碕(現四万十市間崎か)の人で、本姓中島氏、幼時に高智真如寺で出家した」

墓塔の裡の銘文
墓塔の裡の銘文
東山の永観堂にある稀鈍の墓。題字は頼山陽によるといわれるが。
東山の永観堂にある稀鈍の墓。題字は頼山陽によるといわれるが。

稀鈍は『春水遺稿』の刊行(文政十一年刊)に際して、その浄書を担当したようである」

 

文政九年十二月四日、稀鈍の一周忌に展墓した頼山陽は、「詩僧希鈍周忌詣其墓」と題した七絶で、「痩骨飄蕭尚宛然、風輪不住忽周年、霜紅已敗池中樹、落葉深辺葬浪僊」と、その風貌を追憶している」


玉稿の全文は、本日6月1日付発行予定の「頼山陽ネットワーク通信 第18号」に掲載される。配信を受けるには会員登録が必要。

 

会期は4月7日~13日まで 京都の本願寺で
会期は4月7日~13日まで 京都の本願寺で

2016・3・15

本願寺さん

「小野湖山の渉成園十三景」

 

京都の本願寺で「渉成園と頼山陽」展が開催されることはすでにお伝えしているが、本願寺の川村伸寛さんからメールと写真をいただいた。ご許可を得てご紹介する。

 

 「ホームページを拝見しておりましたら小野湖山さんの話が出ておりましたので・・・・

 

実は、今回は展示しませんが、小野湖山さんの「渉成園十三景」も発見いたしました。

 

私、詩はわかりませんが、素晴らしい字を書かれておいでです」

 

ありがとうございました。

「渉成園と頼山陽」のご成功をお祈りしております。

 

 

 

別に参考にも資料にもならないかと思いますが・・・・・

 

頼山陽インスパイアの作品であることは間違いないと思いますので。

 


浦上玉堂は広島の頼家を訪ねたことがある。息子の春琴は山陽の友人で、当時は人気の高い絵師であった。
浦上玉堂は広島の頼家を訪ねたことがある。息子の春琴は山陽の友人で、当時は人気の高い絵師であった。

2016・2・4

京都市の本能寺

 

上海旅行から帰国して、大阪をめぐり、最後に立ち寄った京都寺町にある本能寺。ら頼家や山陽と親しかった浦上玉堂、春琴父子の墓が仲良く並んでいる。

 

この界隈は、頼山陽の額がある寛延年間創業佐々木古書店や鳩居堂、また伊藤組みひも店などど「おたく」御用達の店が軒を連ねている。

 

嵯峨の法輪寺には玉堂琴士碑がある(この写真はなし)。 

頼山陽遺稿」に、春琴に依頼され書いた文章があります。その一節。

 

 人邪琴邪 抑 水耶山耶 山水之韻 寓於琴 而著於人

(人か琴か そも水か山か 山水の韻 琴に寓して 人にあらわる)

 

 上海、大阪、京都の旅は終わりましたが、「旅猿」はまだ続きます。

次回竹原にて玉堂琴譜の演奏会でお会いします

                           石村良子(写真も)

 

頼山陽が、京都旅行中の母を案内したという三文字屋はこの近くにあり、古地図には書かれている。

 

残念ながら、角屋に頼山陽が訪れたことを示す資料はないが、可能性としては考えられる。

 

ご紹介できる写真が少なくて、ごめんなさい。

 

 

2016・1・9 角屋

 

島原花街にあった置屋。現在は「角屋もてなしの文化美術館」となって見学もできる。

 

庭もあり、贅沢な造りに目を奪われる。

 

      角屋内部の様子
      角屋内部の様子

2016・1・7 渉成園 

 

渉成園は真宗大谷派の本山真宗本廟(東本願寺)のいわゆる庭園。

 

頼山陽の友人 雲華上人が東本願寺の僧侶であった縁から、頼山陽も訪れたようだ。

 

 見延が初めて訪れたのは2005年ころ。荒れていた庭園を整備したと聞いた記憶がある。

 

JR京都駅から徒歩圏内にこんなに静かな庭園があることに感動した。

 

   2005年ころの渉成園
   2005年ころの渉成園

あきらめかけた時、入場料を払うときにいただいた『渉成園』というパンフレットになんと頼山陽の詠んだ「渉成園十三景詠詩」の一部が載っているではないか。

 

嬉しくなって受付の方に「ここに頼山陽が出ています」と伝えたが、ポカンとされるばかりであった。

 

ほんとうの話である。

 

※現在もこのパンフレットがいただけるかはわかりません。

 

 

 

 「渉成園」のパンフレットをもつ娘
 「渉成園」のパンフレットをもつ娘

ところが受付の方に雲華上人について尋ねると、まったくご存じない。とうぜんながら頼山陽など知ろうはずもない。

 

その後頼山陽記念文化財団の研修旅行で再訪。やはりこのパンフレットを持っている。
その後頼山陽記念文化財団の研修旅行で再訪。やはりこのパンフレットを持っている。

ホームページ編集人  見延典子
ホームページ編集人  見延典子

 石村良子代表の編集

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「頼山陽と戦争国家

感想② 感想③

感想④

南々社
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『もう頬づえはつか      ない』ブルーレイ

 監督 東陽一

 原作 見延典子

※当ホームページではお取扱いしておりません。

 

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

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