特に記載がない場合は見延典子が書いています。

わかりやすい贋作。

この程度なら、「頼山陽ネットワーク」にアクセスしてくださっている方なら、見破れるでしょう。

 

 

2019・3・15

なんでも鑑定団 頼山陽の書状

 

少し前、再放送されたなんでも鑑定団。頼山陽の書状というもの。


常太25歳の時には、文政10年の杏坪「十旬花月」の旅に梅颸と共に同行している。

以前紹介した「頼山陽先生手簡四集」に山陽の子常あての手紙がある

2019・2・24

石村良子代表「頼家の縁談」

現在 北海道のSさんよりお借りしている「頼家聚」の山陽の常太の父(千蔵、春水のいとこ)あての手紙を読んでいる。内容は頼立斎(子常、常太)への縁談話。

   山陽37歳 立斎22歳 への手紙
   山陽37歳 立斎22歳 への手紙

頼立斎=名は綱、字は子常、通称は常太。山陽の門に学び、詩文・書・篆刻(師、細川林谷)も能くした。文久361歳歿 

 

子常様
尚々 何分飛出す事は遅いほどよろしく 御辛抱なされねば此度の一帰もむだになります 三次杏坪叔父の事くわしくお書きくだされて まるで見るがごとくです。
遅々首を屈し書を読み 腹にためることを儲けとお考え下さるよう これは何程儲けても よろしいです。 京坂ではそりゃ誰が誘ふ そりゃ花 そりゃ楓にて 腹の儲けだめ出来ず それどころか腹外の儲けもの迄なくするようになりそうです。(家に居る事) ひとつ孝ということばかりでもありません 。

 

   見延典子
   見延典子

 紀行エッセイ

 『私のルーツ

 

『汚名』(本分社)

 

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