2015・2・27 匿名さん「『花の首飾り』が一番好き」

 

ピーの件、タイガースは「花の首飾り」が一番好きでした。ためしに歌ってみたら結構おぼえてました。

私たちの時代は スパイダーズの全盛時代でした。

そしてご多分にもれず、ビートルズ エルトンジョン デヴィドボウイ にのぼせて最前列で見ました 3人を同時代最前列で見た人もあまりいないはずです。

 

       匿名さん

        スパイダーズも人気がありましたね。

        テンプターズとかオックスとか。

        なつかしい!

        

 

2015・2・24 TKさん「各地に頼山陽ファン」

 

『竃さらえ』についての小生の読後感を掲載して頂き、有難うございました。

是非とも広島本大賞を受賞して貰いたいですね。

ところで、見延さんのブログを拝見すると中津や名古屋の方々との交流記録が掲載されており、各地に頼山陽ファンが居られることを知りました。

見延さんの「頼山陽」はNHKの朝ドラか、大河ドラマに取り上げてもらいたいテーマですね。

マッサンに続いて山陽の「ひろしま弁」を聞きたいものです

 

     TKさん

       日本各地に頼山陽研究者やファンがいる。それこそが「頼

      山陽ネットワーク」を立ち上げた理由です。

       ドラマ化については、以前「頼山陽NHK大河ドラマ期成同

      盟」という会を作って活動しました。まだ解散していな

      いはずですけど(笑)

       父と子の確執、母と子の情愛、家というもの、一族の団

      結、結婚、離縁… 頼山陽をとりまく家族模様には普遍性が

      ありますから、大河ドラマではなく、むしろ朝ドラで取り上

      げていただきたいですね。

       なんでしたら、脚本を書きます(笑)

 

              

 

2015・2・23 TKさん『竈さらえ』を読了しました。


一言で言えば、短編ですがどれも中身の濃い力作ですね。

しかも読みやすい筆さばきで書かれているので楽しく読了しました。

テーマの中には先に読んだ「頼山陽」に登場した人物たちが肉付けされて紹介されたものが多々あり、懐かしい人に会えたような気分です。「一花一草」の梁川星厳、張紅蘭、「節」の江馬細香等です。

また「竃さらえ」では文化文政時代の広島の世相を垣間見た感じがします。

「焚書の海」では頼春水と当時の学者たちの生き様が生々しく紹介されていますね。

「牛狐」や「非利法権天」は頼山陽の軽妙洒脱さの一面が紹介され、興味深く拝読しました。

「槐」では山陽の交友のあった信之助が紹介されています。山陽の「文」に対し信之助の「武」の対比が興味深いですね。

「恋する娘」では広島藩絵師の岡岷山が若い男女の仲をとりもつエピソードが紹介され心が温まりました。

「廊めぐり宮島詣で」は将に弥次喜多道中の広島版ですね。落語を聞くような気分になりました。


         TKさんへ

          ご購入の上、ご感想をおよせいただき、ありがとうございます。

          今後ともよろしくお願い致します。

    

 

2015・2・21 akiko noteさん「 I joined the Society 」

 

I joined the Society through the introduction of Yoshiko Ishimura sensei.


     Dear akiko noto

                Thank you very much for emailing and joining us.

                I hope you get some information and enjoy knowing

                about Rai Sanyo on this website.

                 Best wishes.



2015・2・20 石村良子さん「4月3日は何の日?」

 

皆様この日何の日かご存知でしょうか。そう、知る人ぞ知る「花見の日」でした。呉や広島ではこの日は役所、学校は休み、こぞって花見に行ったのです。巻き寿司,ニッキ水(ひょうたん型の瓶入り),あずき羊羹は必携でした。まき茣蓙もって一家中でいくのでした.それから友達、近所そのほかでした.

50年も前ののんびりした時代の話です。これは初代天皇の神武天皇がなくなられた日、春の大祭(神道)が戦前は国民的休日であったため、ころもよく花見をしていたのだと想像しております。山口県人もしていたという噂を聞ききました。


旅猿ツアー花見編 定員になりました ありがとうございました。


           石村良子さんへ

       「花見の日」、全く知りませんでした。

       よく聞くと、時代背景があるんですね。

       私の故郷の北海道では5月頃にやっていたかも(笑)



2015・2・19 山根兼昭さん「年忌について」

 

ご照会の「年忌ー回忌」は元来仏教で使われてきた慣習で、祥月命日から数えての日数、年数ですが、のちに中国の儒教が入ってきて「年祭」も同義語として使われるようになったようです。1周忌、3回忌は元々儒教から来たようです。


山陽が37歳のとき、春水逝去、喪心3年39歳のとき3年祭を行っております。仏教、儒教の年忌は数え年数で行われております。


また、神道の年祭(式年祭、式年宮)は満年数で行われますので、仏教、儒教とは1年違います。


本日2015年2月19日は、頼春水の200年祭に当たります。                       

 

      山根兼昭さんへ

        ありがとうございます。

        確かに没後2年目に3年祭を行っていますね。

           


          

2015・2・19 山根兼昭さん

          「頼朝に山陽の歴史観があれば」


愛知長久手講座・終回「日本外史」

 

1、頼朝に山陽の歴史観があれば義経を討伐しなかった。

外史氏曰く、頼朝は鎌倉幕府を開いて僅か7年で死去。その後長男頼家も死去、次男実朝暗殺で、北条氏は巧みに天下を手中にしてしまうのです。論賛に「兄弟を削弱し、親族を疎斥し、以って子孫のために患害を除くとなす・・」。八幡太郎義家から続いた清和源氏はここに滅亡してしまうわけです。もし義経がいれば・・後の祭りです。

 

2、受講者から下記資料を預かりました。追って写真を送ります。

①頼山陽百年祭記念・山陽文徳殿建設「先哲遺墨集」B4版2冊

②村瀬藤城の招きで美濃で書いた屏風の書。

  

         山根兼昭さんへ

          4回講座、無事終了されたのですね。

          写真をお持ちしています。

          ところで以前、教えていただいたように本日2月19日

         は、頼山陽の父頼春水が病没した日ですね。

          文化13年ですから、西暦では1816年。

          ある方に聞いたところ、生誕○○年、没後○○年は単純

         にその歳月を足す方法と、一年を引く方法があるようで

         す。一年引くというのは仏教式でしょうか。

          近年では単純に歳月を足す方法が主流のようで、そう

         なれば、春水の没後200年は来年2016年2月19日と

         いうことになります。

          春水なくして山陽は語れません。春水の見直しがはじま

         ればいいのですけど。

 



2015・2・19 おでかけリンちゃん

「広島経済レポートに注目!」

 

「広島経済レポート」(株式会社広島経済研究社発行)2月19日号の”スポット”欄に、見延典子さんの「竈さらえ」が広島本大賞にノミネートされた、と紹介されています。版元である本分社の財津正人社長のコメント入りです。

「竈さらえ」の内容も簡潔に記されていますが、「著者、舞台、出版社共に広島づくし」の言葉が、何よりも心に響きました。本大賞への期待も高まります。

さらに、企業経営者に人気の高い、同誌の裏表紙の”こぼれ話”。

ここにも、「対話を楽しむ」と題して広島本大賞の創設の経緯や、ノミネート作品の紹介。さらには、財津社長のコメントなども引用しながら、本の魅力などについて書かれています。

経済を中心としたレポート誌ですが、芸術・文化の香りもする「広島経済レポート」に要注目です

 

    お出かけリンちゃんさんへ

      情報をありがとうございます。

      同じ号で、2度もとりあげられているんですね。

      ぜひ購入しなければ(笑)


広島平和公園近くの「ドバト」
広島平和公園近くの「ドバト」

2015・2・18

望月信子さん

「平和公園のハトはドバト」



平和公園のハトはドバトのようです。街中で見る鳩はドバトが多いですね。


こちらがシラカシに止まる「キジバト」
こちらがシラカシに止まる「キジバト」

キジバトは山に近い所のほうで見ることが多いようです。

でも庭の木に巣を作って子育てするキジバトの話をよく聞きます。

キジバトの羽はよく見ると実に美しいと思います。

 

 

 

      望月信子さんへ

       ブログへのご返事をいただき、ありがとうございます。

       ハトについて、少しわかってきました。       

       ところで最近は伝書鳩をほとんど見なくなりましたね。戦

      時中は優秀な伝書鳩を軍部が買い上げていたと、これは少

      年時代、伝書鳩を飼っていた亡父から聞いた話です。そうい

      うわけで私はハトを見ると「戦争」を思うんです。

       キジバトの羽は確かに美しいですね。また庭に来てくれる

      のを心待ちにしています。

       ありがとうございました。

 

 

2015・2・15 神八みどりさん「歴史探訪しております」


坂郷土師史会で歴史探訪しております。

      

      神八みどりさんへ

       これからもよろしくお願いします!


2015・2・13

望月信子さん

「シラカシのお客様はキジバト」

 

いつも楽しい情報をありがとうございます。

シラカシのお客様はキジバトだと思います。

 

      望月信子さんへ

        あ、そうですか。

        私なりに調べて、ドバトと結論したのですが、改めてキ

       ジバトの画像を見てみると、首の輪に特徴があるんです

       ね。確かにシラカシで羽を休めていたのはキジバトのよう

       です。

        それにドバトより、キジバトのほうが言葉の響きに気品

       がありますし(笑)

        ありがとうございます。

 

 

 頼山陽の妻梨影の墓旧姓の「小石氏」とある
 頼山陽の妻梨影の墓旧姓の「小石氏」とある

2015・2・11

匿名さん 

「松陰さん役の役者さんが好き」

 

大河ドラマ「花燃ゆ」で、『日本外史』の部数が少なすぎたというのは、私も同感です。

でも松陰さん役の役者が好きなので、私は年齢詐称とは思いません。

あの時代だったら、あれくらいねびていても相応だと思いますが・・・。


 

それと以前紹介されていた女性のお墓の件ですが、私の母方の祖母(京都の人)も実家の姓で書いてあります。

後妻でしたが、先妻さんも実家の姓を名乗るのでわかりやすいというか。ひとりずつお墓のあった時代の話ですね。今はみな一緒ですから。

 

       匿名さんへ

              そうですね。あの時代のお墓は一人一基ずつでした。

              女性の場合、結婚すると多くは姓が変わりますが、旧姓を

             残しておくと、いろいろなつながりがわかりますね。

              ところで頼梨影の墓には「貞節君」とあります。これも女性

             に多い書き方だったのでしょうか

              また教えてください。

 

 

2015・2・5 山根兼昭さん「2月19日は頼春水の200回忌」

 

愛知長久手講座・第3回


1、頼春水・梅颸のこと

春水71歳(1816)2月9日、竹原より頼春風が梅の花を持って見舞いに来ました。春水の部屋に生けておいたところ、3日後病床の春水が「梅の香りがする、紙と筆を持ってきなさい」と言って起き上がり「梅颸」と書き、静に「これからはこれを雅号にしなさい」と言い残し2月19日未明に臨終となったのであります。

今年(2015)2月19日、頼春水の二百回忌を迎えます。


2、九州揮毫旅行

山陽39歳2月、春水の三回忌法要後、念願の九州旅行を致します。

長崎から船で熊本へ向う途中、大時化に遭遇し天草へ漂着するのですが、そのとき荷物の「日本外史の原稿」がよく水に濡れ無かったなと思いました。さすが山陽は用意周到で、油紙で幾重にも包み絶対濡れない様にしていたようです。熊本では辛島塩井、日田の広瀬淡窓、中津で会った末広雲華には、かつて京で「あなたの様な放蕩者に楠公を語る資格は無い」と一喝された事もありました。

九州から広島へ帰った山陽は、母梅颸を始めて京へ招き心から孝養を尽くすのであります。


      山根兼昭さんへ

           頼山陽の父の春水が亡くなって200年になるのですね。

           ただ、春水は仏教を否定し、儒教を宗教にしようとした人なの 

          で、「200回忌」というような仏教用語は用いず、「200年祭」とい

          うように表記したように思いますが、いかがでしょうか。

           春水に比べ、山陽は宗教に関しても寛大で、雲華上人のような

          僧侶とも積極的に親交わりました。雲華上人から一喝されてとい

          う話は存じませんでしたが、叱ってくれる人物を遠ざけなかった山

          陽もまた立派であったと思います。叱ってくれる人のありがたさ

          は、年齢を重ねるほどに感じますね。

 

2・1 匿名さん「作家とともに、地域の出版社が育つ」

 

今朝(/1)の中国新聞の1面に、

広島本大賞ノミネート作品の広告が大きく載っていました。


公式ホームページでも触れられていましたが、

右角の一番良い場所で紹介されており、

これで大賞獲得は間違いなしだと喜んでいます。


 このノミネート作品のなかで「本分社」の本が、

『竈さらえ』とともに2冊入っているのですね。

地方を元気にするには、地域の情報発信力が不可欠であり、

作家とともに、地域の出版社が育つことも重要です。


そのためにも、『竈さらえ』には、是非とも広島本大賞を

受賞していただきたいと思います。

吉報を期待しながら、応援をしております。



      匿名さんへ

          あたたかい励ましをいただき、ありがとうございます。

          大手出版社のように「部数ありき」の方針では、どうしても埋没し

         てしまう本はあるでしょう。

          以前、匿名さんが教えてくださったように、柳田国男の 『遠野物

         語』は自費出版で、初版350部からのスタートでした。しかも200

         部は寄贈にあてられた、とここにも書かれています。

          『竃さらえ』がどのような評価を与えらえるかは神のみぞ知るです

         が、「広島を父祖の地とした頼山陽の短編集を、広島在住の物書

         きが著し、広島の出版社が世に出した」ということは、それなりに意

         義のあることではないかと思っております。



1・31 投稿者 山本操一さん「これも何かのご縁」


頼山陽、春水の詩を産経国際書展にこれまで発表してきました。

これも何かのご縁、もっと山陽のことを知りたいと思います。


     山本操一さんへ

      春水、山陽のみならず、頼一族は能書家が多いです。

      このことはもっと知られていいことだと思います。


1・29 投稿者 頼山陽ネットワーク会員T様

          「今回は行けそうにありません」

 

 旅猿ツアーお誘い ありがとうございます。

 

参加したい気持ちは、やまやまですが、家庭の

 

事情により、今回は行けそうにありません。

 

今後の企画のこともあり、参加意向はありますよ。

という返信です。

 

     Tさんへ

     今回は残念です。

     またの機会にご参加くださいね。

 

     ※「旅猿ツアー」について、頼山陽ネットワーク会員様には、

       公式ホームページで告知記事をのせる前にメールでお知ら

       せしております。会員登録はこちらまでお願いします。


      

1・29 投稿者 山根兼昭さん「赤崎海門のこと」


愛知長久手講座・第2回頼山陽の青年期

山陽は14歳の正月、「癸丑ノ歳偶作」を父・春水が友人の柴野栗山に見せたところ非常の感心し、これからは「朱熹の通鑑綱目」を勉強するとよい、そのことを丁度鹿児島へ帰る「儒学者・赤崎海門」に、途中広島へ立ち寄り頼山陽に伝えるように依頼しました。

山陽は非常に感激し早速「通鑑綱目」読みこれが後「日本外史」の構想に大きく寄与したと思われます。そして18歳で昌平坂学問所に入学、教授の柴野栗山に面会するのであります。

赤崎家・戦国時代に薩摩の国日置郡赤崎に起きた名家で、海門始め前鹿児島市長、昨年のノーベル賞受賞者・赤崎勇教授(知覧出身)もその一統と思われます。

      山根兼昭さんへ

      ノーベル賞受賞者の赤崎勇さんが鹿児島出身と知ったとき、

      ひょっとすると赤崎海門のご子孫か、と周囲でも話題になり

      ました。赤崎は、あるようで、ない姓ですからね。

      頼山陽を学ぶと、世間が広がりますね(笑)



1・26 投稿者 中津のオッサン「入院中に考えたこと」

中津のオッサンのブログ「大分県中津市の地方史」から安藤広重の浮世絵
中津のオッサンのブログ「大分県中津市の地方史」から安藤広重の浮世絵

私は11月の検診にて大腸ポリープが見つかり

12月に検査の結果、半端な数ではない。

よって、入院して、取り除きましょうとの結果です。

これはエライ事です。

 

入院中の暇つぶしをどのようにするか

前日に本屋さんに立ちより、本の選択です。目についてたのが

〈渡部昇一の戦国史入門・頼山陽「日本楽府」を読む〉でした。

まえがきの「今日、武士の世界を書いた本は多く出ている。

しかしそれは今日の眼から見、今日の人の心理で解釈したものである。

(中略)頼山陽の「日本楽府」の価値の一つがある。頼山陽は江戸時代に

文人として独立した生活のできる事を示した最初の一人と言ってよいが、

武士として育ち、終生武士の心を忘れなかった人である。

その頼山陽が戦国時代の事件に興味を持ち、どのようにみていたか、

ということは戦国時代の理解のため貴重な鍵と言えよう」

 

決定!!前夜より読みはじめ、入院中も読んでいましたが

ちと、体がつらく、退院後までかかり、やっと読み終えました。

 

生意気のようですが、歴史を読み説くのは大河であり、流れと

思っています。それを歴史を「点」としてとらえ

「歴史を年号、事件、事項として、ただの暗記科目になって

しまっています。」けっして、歴史教育批判ではなく、

歴史認識を言えばすぐに思想的なことを問題となりますが

そんなことではなく、時代の時代の地形と風土、時代背景を

考え、結果が原因であり、それがまた結果を生じるとつながりを

見ていくことが必要と思っています。

 

「日本楽府」を中心として歴史の解説、頼山陽の歴史史観が

よくわかり、その後、歴史認識に大きく影響がでることが

理解で、楽しく読み終えました。

 

早速「古代史」と「中世史」を予約しました

 

        中津のオッサンへ

       ご退院の由。手術も無事に済んだようで、安心致しまし

      た。ブログ「大分県中津市の地方史」も「復活」されたよう

      で、今後もご健筆をふるってくださいね。

       ところでお示しの渡辺昇一氏の著作については、ずいぶん

      前、私が通っている勉強会で頼山陽の『日本楽府』を読んだ

      とき、並行して全巻読みました。

       『日本楽府』の訳文のみならず、既存の出版物にはないよ

      うな解説のついた労作で、タイトルを変えながら、三ほど

      出版されているのでないかと思います。

       ご指摘のように歴史を語ろうとすると、思想的な話が前面

      に出る場合があり、特に頼山陽はその代表格といってよいで

      しょう。でもはたしてそうなのか。

       頼山陽の著作も「点」ではなく「大河」として読んでいけ

      ば、従来の押しつけられた頼山陽像もくつがえるのでないで

      しょうか。

       読書が進みましたら、またご感想をお聞かせください。

 

 

 

1・14 投稿者 山根兼昭さん

 

愛知県長久手市、「頼山陽講座」のご紹介を頂きました。

14日、第1回講座・冒頭、小牧長久手の戦い・家康軍は小牧山に、秀吉軍は小牧楽田に対峙、何故そこから20キロも離れた長久手(長湫)で戦いが始まったのか受講者に質問するも答えなし。

山陽は日本外史に曰く、「池田信輝ら、先ず岩崎城(長久手)を取り、以って岡崎に及ばんと欲す。」

秀吉は、今なら岡崎城は留守だとの進言を入れ、別働隊を南下岩崎城を落とす。その後ろから家康隊が攻め係り、長久手の戦いとなった。結果は家康の勝利に終わった。

山陽は限られた資料でここまで詳細に記述したかと受講者感嘆。

 

   山根兼昭さんへ

    いつもありがとうございます 愛知県内各地で「頼山 

    陽講座」をお持ちで、今回は4回の連続講座ですね。

    寒い日が続きますが、お元気でお過ごしください

    

 

   


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