中央に松村邦洋さんの勇姿。わかるかな。
中央に松村邦洋さんの勇姿。わかるかな。

2016・12・20

まっちゃん、待望の大河初出演

 

久しく見ていなかった「真田丸」。19日が最終回と知り、コーナーを閉じるにあたって「とりあえず」見ることに。と、な、なんと、冒頭3分くらいのあたり、真田家の兵の一人に、まっちゃんの姿を発見! しかも台詞まであるではないか。


話せば長くなるが、まっちゃんこと物まねタレントの松村邦洋さんは私のメル友である。ときどき電話もくださる。

 

ご存じの方も多いだろうが、まっちゃんはものすごい歴史通で、これまでの大河ドラマすべてを見て、出演した多くの俳優の物まねができる。電話でときどき聞かせてくれる。よく似ている。

 

「そんなに大河ドラマのファンなら、一度出演させてもらえば」といったことがある。「ムリですよ」と謙虚に答えていた。きっと出たかったのだろうと思う。その夢がついに実現した。

 

おめでとうございます。虫の知らせか、最終回を見てほんとうによかったと思う。大河ドラマを見てこんなにうれしい気持ちになったのは何年ぶりだろう。振り返れば、清水ミチコとまっちゃんの存在が強く印象に残った「真田丸」であった。

 

 

2016・11・15 『日本外史』に描かれた〃真田丸〃

 

『日本外史』で〃真田丸〃はどのように描かれているのか。「徳川氏前記 豊臣氏 下」より関係個所を抜粋する。

 

真田幸村、人の約束(拘束)を受くるを喜ばず。乃ち別に偃月城を玉造の阜(おか)に築き、東西二門を開き、信濃の遺民を募って百五十人を得たり。

 

偃月城(えんげつじょう)(=真田丸)

玉造の阜(おか)(=大坂城の三之丸の南、空壕の外側)

 

幸村、因って策を献じて曰く、「臣聞く、徳川氏、天下の兵に檄して来つて我を攻む。我坐(い)ながらにしてこれを竢(ま)つ。他の奇道なし」

 

幸村、前田利光と塁を対し、銃手を城外の林中に出し、日に敵兵を斃(たお)す。利光の前鋒奥村某、林を奪ひ、以て功をなさんと欲す。幸村、諜してこれを知り、潜かにその兵を収む。奥村至り一人を見ず、城兵、銃眼より指(ゆびさ)して笑つて曰く、「公ら孤兎を索(もと)むるか」と。奥村忿(いか)り、濠を踰え壁を攀(よ)づれば、則ち銃矢交〃(こもごも)発し、数百人を殺傷す。

 

『日本外史』の叙述は、当時流布していた情報を頼山陽なりに精査して書かれたといういい方もできる。とうぜん現在では通じない話もあるだろうが、逆に今読んでも色褪せない話もあり、そのあたりに注目して読んでみるのも面白い。

 

 

吉田羊演じる小松姫
吉田羊演じる小松姫

2016・9・14 本多忠勝の娘

 

9月11日の放送で、真田信幸の妻の小松姫(本多忠保の娘)が徳川に筋を通す行動が描かれた。

 

『日本外史』には次のように書かれている。

 

…沼田は信幸の邑なり。(父の昌幸は)入りてその嫁を見んと欲す。婦は本多忠勝の女なり。辞して曰く

「良人同じく帰らず。これ必ず故


あらん。妾敢えて私に門を開かず」と。その子を見んと欲す。曰く、「公、孫を抱かんと欲せば、なんぞ必ずしも今日ならん」と。ついに士卒に命じて卑(ひ)に乗らしむ。

 

舅が会いにきたのに、夫と一緒でないことを不審に思い、門を開けようとしない。さらに舅が「孫を抱きたい」というのに、「今日でなくてもいいでしょう」と、士卒に命じて垣根に登らせ、守備の用意をさせる。

 

このような小松姫の行動は、おそらく古い文書に書かれている実話なのだろう。犬伏の別れにしろ、小松姫のエピソードにしろ、ポイントを押さえている『日本外史』こそ、「ザ・大河ドラマ」ではないか。

 

 

2016・9・5 『日本外史』が描く真田父子の別れ

 

以前、書いた「白塗り」について、ある本に次のようなことが書かれていた。

 

「天皇紀」によれば、明治天皇は長く伸ばした頭髪を結び、淡く粉白を施していた、というのだ。

 

だが22歳のとき、髪を短くした。

 

というのも、明治4年にいわゆる断髪令が出されたにもかかわらず、髷を落とすことをためらう人々が多いため、明治天皇が手本を示す必要があった.

 

勝手な想像だが、その時、白粉を施すこともやめたのではないか。同じ時期、女性は鉄漿(おはぐろ)をやめ、高貴な女性は眉を剃った上に黛で眉を描く化粧法を改めたという。

 

明治22年に発布される大日本国憲法で、明治天皇は統帥権をもち、陸海軍の最高指揮官である大元帥となる。そういうわけで、イメージ上も男性的な外見が必要であったのだろう。

 

ところで…

 

9月4日の「真田丸」は開始9カ月にして、ようやく本題の入ったという感じである(笑)

 

放映された辺り、頼山陽の『日本外史』(徳川氏前記 豊臣氏下)には次のように書かれている。

 

短いながらも、山陽の持ち味であるリズミカルな文章を味わうことができると思うので、紹介しよう。

 

初め昌幸、会津に生き、犬伏に至って大坂の檄至る。長子信幸曰く「われ、関東の殊遇を受く。請ふ東せん。西軍もし敗るれば、われ、父弟のために命を乞わん」と。幸村曰く「太閤の旧誼、背くべからざるなり。むしろ西して死すとも、東して生きず」と。昌幸曰く「東せんと欲する者は東せよ。西せんと欲する者は西せよ。而してわれは西にくみする者なり」と。すなわち信幸を遣わして江戸へ行かしめ、自ら幸村と兵三千をもって上田に帰る。

 

 

2016・8・2  「介護用ベッド」に寝る秀吉

 

7月31日、久しぶりに視聴した。

 

豊臣秀吉は老いて、怒りっぽくなり、子の秀頼の行く末を案じるようになっている。みんながよく知る豊臣秀吉の晩年の姿だ。

 

大衆に支持されるには「みんながよく知る」という点を大切にしなくてはならない、そこに安心感と共感が生まれるから、とNHKや脚本家が考えているかどうかは知らない。

 

ただ、相変わらず「真田丸」こと堺正人が主人公であると感じさせ場面が少なすぎる。結局、信長ー秀吉ー家康の「みんながよく知る」話ではないのか。

 

秀吉が「介護用ベット」(のようなもの)に寝ていた。そんなものをもって「新しさ」と思っているとすれば、「それは違うでしょう」としか言いようがない。

 

 

  ケイト扮する白塗りエリザベス
  ケイト扮する白塗りエリザベス

2016・6・25

石村良子さん「白塗り」

 

白塗りと言えば 歌舞伎 舞子さん 花嫁 お公家さん
外国では映画「エリザベス」の最後 ケイトブランシエット
扮するエリザベスが 王位に就くとき女官の制止をきかず  自ら髪を


切り花嫁衣装に身を包み 顔を白塗りにして 皆に「私は国家と結婚した」と宣言するところで終わった
(この映画で ケイトにアカデミー賞取ってほしかった)

 

むかし 有職故実を勉強したとき 知り合った大学の先生の研究書に「花嫁の化粧」の所に 白塗りの記述があった
和装の花嫁について 婚礼化粧の意義や厚化粧をする理由は「常の場合でないことを自らも感じ他にも示すため」「皮膚が強ばって表情が弛まない(中略)やたらに笑ったり感情をあらわにしない」といった記載があり 又「歌舞伎の善人は顔の色を白く塗る、民俗学的にいえば神に扮する名残り」とある これは猿之助も言っていた
公家が白塗り化粧をしていた理由についても「白い肌は古くから洋の東西を問わず、清浄さ、若さ、高貴さを意味した」とある

 

映画エリザベスの最後 「白塗りのエリザベス」は まさに「クイーンエリザベスになった」と感じられる納得の瞬間で この場面は 鳥肌物でした 臣下がたじろぎ足元にひざまずいていた 

日本でも 天照大神を迎える諸神の顔は みな白かったそうで、神の色だと言う(神主の義父に聞いた)  

バカ殿さまの意図はわからないし 「真田丸」も  ほとんど全く見てないので適当ですが 常ならぬ状態であることは確かですね

 

2016・6・22 「白塗り」の出典

 

どうも北条氏政の「白塗り」が気になる。

 

そこで『日本外史』の「後北条氏」を開いてみたが、「吾れ、父祖の業を承けて、八州に主たり。武を争ってこれを失ふは、吾れ必ず憾みざるなり。降を納れて存を計るは死するも且つ能わず」といって降参を拒絶する場面や、「絶命の辞を作って自裁す」という最期の場面が描かれこそすれ、白塗りの話は書かれていない。

 

どなたか、氏政の「白塗り」に関して、出典に心当たりがあれば教えてください。「真田丸」の理解を深めるというより、「バカ殿様」の白塗りの意味がわかるかもしれないので(笑)

 

 

2016・6・13  顔を白塗りにして「バカ殿様」

 

主役級の歴史上の人物が次々出てきているが、今回は伊達政宗まで登場。主人公の堺雅人も役どころを掴んできたように見える。

 

ただ、2度にわたる放尿シーンや石田三成の腹痛シーンなど、相変わらずの「コント」には閉口。ああいう表現で「人間くささ」を描こうとしているのであろうか。

 

三谷脚本は、得てして登場人物の描き方が「幼稚」だ。笑えない「コント」の正体はそのへんにあるのかもしれない。

 

それより北条氏政役の高島忠伸が、いよいよ顔を白塗りにして「バカ殿様」になった場面には驚いた。ここに書いていることがNHKに伝わったのであろうか(笑)

 

 

2016・5・16 「バカ殿様」のパロデイ

 

NHK大河ドラマ「真田丸」は志村けんの「バカ殿様」のパロデイだと思ったら、急に親近感がわいてきた。

 

バカ殿様「豊臣秀吉」が廊下を走るときの走り方は、志村けんにそっくりだ。「北政所」が訛で話すあたりも、「茶々姫」の行動パターンも、役名は忘れたが、長沢まさみが話す短めの現代語も、バカ殿様に無理難題に困惑しつつ、メンツをつぶさないように走り回る真田幸村はじめ家臣や、それに類する男たちの描き方まで似ている。

 

いやー、「バカ殿様」はすごい番組だ。

 

 

2016・5・2 志村けんの「バカ殿様」を思い出した

 

久しぶりに見て、久しぶりに笑った。

清水ミチコの旭姫。

 

完全なるコント。

これまでは笑えないコントの連続だったが、今回は笑えた。

 

いいぞ~

 

で、思い出したのが志村ケンの「バカ殿様」

 

おそらく「真田丸」の視聴者層は、「バカ殿様」の視聴者層と重複しているのではないか。三谷幸喜もまた然り。

 

この調子で、志村けんを使ってほしい。

あの白塗りのお顔で。ウケると思うよ。

 

あ~ 久しぶりに楽しみになってきた。

 

 

2016・4・4  ギブアップしそうだ

 

4月3日、先月以来、久しぶりに、しかも中盤あたりから見ただけで書くのもなんだが、先月よりさらに質が落ちている。

 

三谷作品は「コントの連続」というイメージがある、と1月に書いた。それが現実になっている。

 

コントなら笑わせてほしいが、笑えない。

 

ギブアップしそうだ。2、3カ月だけはしっかり視聴した前作「花燃ゆ」より、さらに気分的に大河ドラマ離れが進んでいる。

 

ただ、予告編ではいよいよ大坂編に入るといっていた。あと1回くらいは見ることにするか。

 

 

2016・3・14  頭の中で描くストーリー重視の作品

 

おそらく面白いことをやっているのだろうが、入りこめない。

 

その理由として、ストーリーばかり追って、情緒的なものがまったく描けていないことが考えられる。

 

春なのか、夏なのか、秋なのかわからない。雨の日もあれば、風の日もあろう。しかし描かれていない。草刈正雄が囲碁を打ち、高島政伸や内野聖陽が汚く食べる場面ばかりが目立つ。

 

三谷幸喜が忙しすぎて、この作品に集中できていないのかもしれない。集中できたとしても、私が求めるような情緒的なものには関心がないのかもしれない。

 

理由はわからないけれど、放送されているのは、冷暖房完備の部屋でパソコンに向かって書いた、頭の中で描くストーリー重視の作品。

 

このような時こそ、演出家の出番ではないのか。

 

 

2016・2・22   女性の描き方が画一的で、低俗

 

コーナーの存続が危ぶまれるとあって、ほぼ1カ月ぶりに2回目を視聴。

 

一言でいって「軽ーい」

 

しかも草笛光子、高畑淳子、長沢まさみ(特に高畑淳子、長沢まさみ)など女性のキャラクターの描き方が画一的で、低俗なのは特筆に値する。

 

もっと書きたいが、残念ながらこれ以上の感想はナシ。

 

 

2016・2・18 「よくわかりました」

 

放送開始以来、一度しか視聴していない「真田丸」

 

このままではコーナーの存続が危ぶまれると、14日夜にテレビをつけたが、すでに「真田丸」は終わっており、「司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち」という番組をやっていた。

 

明治維新をやり遂げた日本人はすごい → その中心にいたのはかつての武士 → 武士として特質すべき資質をもっていたのは坂東武者という流れ。

 

ふーん、でもなんか違うんじゃないの、と思っていたら、ナビゲータの香川照之が「よくわかりました」といった。

 

え? どこが? ぜんぜんわからないよ、と一人で突っ込みを入れたが、番組は先へ進んでいく。

 

この流れは「真田丸」につなげようとしているのか、というのは杞憂であったが、「思索紀行」とは名ばかりの、結論だけ押しつけようとする番組であった。

 

しかもよく見れば、「NHKスペシャル」と銘打たれている。ダメになっているのは大河ドラマだけではなさそうだ。

 

ハイ、よくわかりました。

 

 

2016・1・28   ナレーターとしての芸

 

「真田丸」の視聴者層について考えてみた。

 

1、真田幸村に興味がある。

2、堺雅人をはじめとする出演者の誰かのファンである。

3、三谷幸喜作品のファンである。

4、大河ドラマは欠かさず見ている。

5、NHKをなんとなくつけている。

 

残念ながら、私は1~5のいずれにも該当しない。そういうわけで、第3回目も見逃してしまった、というか、パスしてしまった。

 

「真田丸」を1回だけ視聴して印象に残ったのは、有働由美子アナのナレーション。滑舌がよく、きびきびして、アナウンサーとして聞く分には才能のある方だとは思うが、ナレーターとしては芸がない。

 

これに対して「あさが来た」の杉浦圭子アナのナレーションは、それにだけ耳をすませていると、なんとなく不気味な感じ。妖怪でも出てくるような「ひ、ひ、ひ」のニュアンス。でもこれがいい。芸になっている。

 

外史氏曰く「有働由美子アナ vs 杉浦圭子アナ 

      ナレーターとしての芸で杉浦圭子アナの勝ち」

 

あら、コーナーが違うようで…

 

 

 

2016・1・22大河ドラマでなければ、次は見ないというレベルかな

 

例年通り、NHK大河ドラマ評を始めようと思っていたのに、「花燃ゆ」で気持ちが緩み、初回を見逃してしまう。

 

脚本は三谷幸喜。

舞台の「その場しのぎの男たち」は面白かった。

同じく三谷脚本の大河ドラマ「新選組」も最後まで見た。

 

でも基本的に三谷作品は「コントの連続」というイメージがある。

そもそもこの人、正統派ではない。野球で言えば、変化球で勝負するタイプ。それが悪いというわけではないけど。

 

で、とりあえず見た第2回目。

堺雅人がまだ「半沢直樹」に見える。現代語で話すからか。

 

チャンバラ場面も、「そろそろこのあたりで入れましょうか」という感じ。こういうのを「脚本通り」という(笑)

 

正直、大河ドラマでなければ、次は見ないというレベルかな。

 

 

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