結果は真筆で40万円。

 

オモチャでももっと高い鑑定額が出ることがある。書の値段は見直されてもいいのではないか。

 

 

2015・12・22

なんでも鑑定団で菅茶山

 

先日、「なんでも鑑定団」の再放送があり、菅茶山の書の鑑定が行われていた。


  BS朝日「百年名家」のホームページから
  BS朝日「百年名家」のホームページから

2015・11・26 

BS朝日「百年名家」で春風館

 

 BS朝日「百年名家」でマッサンの故郷 広島・竹原 第2弾として「頼山陽ゆかりの学問の町巡り」が放送される。

 

11月29日(日)昼12時~12時55分

 

「百年名家」とは百年以上の歴史を持つ家屋で人々が暮らしている家のこと。旅人は八嶋智人と牧瀬里穂。

 

今回、テレビで初めて撮影が許された春風館(国の重要文化財)が紹介される。特に奥座敷の祠堂は孔子を祀る祭壇であり、日本に現存する祠堂としては貴重。頼家と儒教の結びつきが垣間見えるだろう。

 

さらに頼惟清旧宅も。惟清は亨翁と号し、頼山陽の祖父。竹原で紺屋を営んでいた。

 

詳しくは番組ホームページで。

 

お見逃しなく!

 

 

 

2015・11・21 

第33回頼山陽記念文化賞表彰式

 

11月20日夜、第33回頼山陽記念文化賞表彰式、祝賀会が広島市内で行われた。

 

受賞者は頼宗家ご当主の頼和太郎氏。頼家に伝わる杉ノ木資料を長い年月、保存し、現在に伝えた点が評価された。

正賞の盾 頼山陽の筆による「萬壽無疆」
正賞の盾 頼山陽の筆による「萬壽無疆」

表彰式の後は祝賀会に。

      花を添えたつもり(?)の3人です
 花を添えたつもり(?)の3人です
  お祝いにかけつけた皆様の笑顔
  お祝いにかけつけた皆様の笑顔

選考委員長をつとめた頼祺一先生によるお話の後、表彰状の授与は頼山陽記念文化財団会長の橋本宗利氏。


頼家と橋本家の結びつきに思いを馳せると、感動的な場面。

   受賞の喜びを語る頼和太郎氏
   受賞の喜びを語る頼和太郎氏

「頼家に伝わる資料に囲まれ、自宅の壁を見たことはなかった」と語る頼和太郎氏。

 

「頼山陽ネットワーク」からも石村良子代表、進藤多万、見延典子が出席。受賞を祝った。

 

見延は十数年前、「すっぽらぽんのぽん」を書く際、千葉のお宅にお邪魔して以来の再会であった。

 

 

 

 

 


   2015年11月19日 中国新聞17面
   2015年11月19日 中国新聞17面

2015・11・20 

「脱・皇国史観を希求」

        の記事

 

19日付けの中国新聞に共同通信社の記者による「脱・皇国史観を希求」という記事が載っていた。

中央公論社『日本の歴史』全26巻の刊行が始まったのが1965年。文庫も含め、50年間で、累計部数1100万部に達しているという。

「近代国家の出発」には付箋がいっぱい
「近代国家の出発」には付箋がいっぱい


私も全巻を持っているが、中でも色川大吉氏の21巻「近代国家の出発」は名著で、今も読み返し続けている。

 

記事には、『日本の歴史』は戦前の皇国史観からの否定から出発した「戦後歴史学の到達点」とある。

皇国史観といえば、頼山陽の『日本外史』の代名詞として色付けがなされ、戦後、頼山陽が顧みられなくなった大きな理由もここにある。

 

頼山陽が用いる「勤皇」という言葉とは、はたして私たちが考えるものと同一であるのか。また「帝」というキーワードによる歴史の束ね方が、それほど日本史から逸脱したものであるのか。引き続き「頼山陽ネットワーク」では検証を続けていきたい。

 

歴代天皇にまつわるさまざまな話題について、触れないというのではなく、自由に論じられるようになったとき、日本人は新たな歴史観をもつと思えてならない。

 

 

 

11・6 金城大学名誉教授

  高橋博巳先生の講演

 

11月3日、広島市の市民交流プラザで金城大学名誉教授 高橋博巳先生の講演があった。

 

現在、広島市の頼山陽史跡資料館で開催中の「風流才子の交わりー頼山陽と田能村竹田を中心に」の関連事業。

 

演題は「尾道の文人群像ー山陽、竹田、春琴、竹下」


パワーポイントを使い、竹田の絵の細部にも言及。


近世文化の第一人者らしく、聴きごたえのある講演であった。





2015・11・5 第33回頼山陽記念文化賞に頼和太郎氏


11月3日、公益財団法人頼山陽記念文化財団(会長橋本宗利氏、選考委員会委員長頼祺一氏)は、第33回頼山陽記念文化賞の受賞者として頼和太郎氏を決定したと発表した。


授賞理由については公益財団法人頼山陽記念文化財団ホームページなどでご確認ください。


表彰式は11月20日(金)



2015・10・26

NHKEテレ日曜美術館で「平田玉蘊展」


10月25日放送のNHKEテレ日曜美術館で「頼山陽を愛した女流画人 平田玉蘊展」がとりあげられた。

ナビゲーターはかつてNHK広島放送局で勤務していた伊東敏恵アナ。


この季節、全国で数多く開催されている展覧会の中から「平田玉蘊展」

が取り上げられた意義は大きい。

  生涯を過ごした広島県尾道市
  生涯を過ごした広島県尾道市
    代表作の「軍鶏図」
    代表作の「軍鶏図」


しかも紹介された作品は玉蘊の才能が伝わってくるものばかり。


初めて公開される作品もある。


   細部まで神経が行き届いている
   細部まで神経が行き届いている

もちろん頼山陽も紹介された。

 

「頼山陽を愛した女流画人 平田玉蘊展」は広島県立歴史博物館(広島県福山市)で現在、開催中。11月23日まで。

 

 

 

 

 

講義が進むほど会場内に熱気がみなぎる
講義が進むほど会場内に熱気がみなぎる

2015・10・23

頼山陽文化講座「頼山陽の詠史詩」

 

10月23日、頼山陽文化講座「頼山陽の詠史詩(注1)」が広島市中区の袋町市民交流プラザで行われた。

 

 

 

講師は頼山陽ネットワーク事務局の一人でもある進藤多万氏(旧姓 頼)

 

  この論文から凝縮したお話が聴けた。
  この論文から凝縮したお話が聴けた。


講義が終わる直前から、拍手が起こっていた。

 

内容はここでは記さない。

 

この講座を聞きに来られた方だけが味わえる満足感であった。

 

博士論文としてまとめるにあたり、長い、長い年月をかけて研究された内容を、90分間にまとめ、お話してくださった。

 

過去の頼山陽入門講座から文化講座に引きつがれた中で、文句なしのナンバーワンの講義であった。

 


頼山陽に詠史詩について、長年の研究を話される進藤多万氏
頼山陽に詠史詩について、長年の研究を話される進藤多万氏

多万さん、お疲れさまでした。


たくさん教えていただき、ありがとうございました。


 注1

 詠史詩とは歴史故事

 に題材を求めた詩。




  通り御祭礼のシンボル 「石引台花車」
 通り御祭礼のシンボル 「石引台花車」

2015・10・11

200年ぶりの復活「通り御祭礼」

 

「通り御祭礼」は徳川家康を祀る広島東照宮が50年ごとに行う祭。今年は徳川家康没後400年にあたる。

 

但し、過去3回は幕末の混乱や戦争で行われず、10月10日、200年ぶりの復活となった。

 

祭りは平和の象徴として、広島市の被爆70年事業の指定も受け、広く市民の参加を呼びかけた。

 

200年前の通り御祭礼は、頼家の人々も拝見に行っていたことが、春水日記、梅颸日記で確認できる。

 

こちらをご覧下さい。


 当ホームページ会員の手島さん父子
 当ホームページ会員の手島さん父子

参加者は550名。皆さん、当時の扮装をされている。ちょっと照れくさそうですが、お似合いですよ!


 左から田邊先生、松本さん、桑野さん
 左から田邊先生、松本さん、桑野さん
開始直前の沿道。主催者発表72、000名
開始直前の沿道。主催者発表72、000名
 行列にご参加中の田邊先生と桑野さん
 行列にご参加中の田邊先生と桑野さん

会場で、偶然「ひろしまフオト歩き」さんと遭遇。

 

いつも表紙を飾ってくださり、ありがとうございます。

 同じく当会員の桑野さん
 同じく当会員の桑野さん
  郷土史家の田邊先生
  郷土史家の田邊先生
恐れ多くも徳川宗家当主徳川家広殿にカメラを向けたところ、ポーズをとって下さった。
恐れ多くも徳川宗家当主徳川家広殿にカメラを向けたところ、ポーズをとって下さった。


今回も下記のブログで、臨場感あふれる作品の数々を掲載していらっしゃしゃいます。全体の様子をご覧になりたい方は是非どうぞ。

 

ひろしまフォト歩き

 

 

2015・10・6

風流才子の交わり

~頼山陽と田能村竹田を中心に

 

頼山陽史跡資料館の開館20周年を記念しての特別展。

 

頼山陽と田能村竹田は、互いに尊敬し合い、深い友情で結ばれていた。

 

二人は影響し合いつつ、文人としてどのように才能を開花させていったのか。残された作品をヒントに探ってみたい。

 

 

前期10月16日~11月29日

後期11月10日~11月29日

 

文化講演会(開催記念講演会)
日時:11月3日(祝)14:00-15:30(聴講無料)
会場:合人社ウェンディひと・まちプラザ(広島市まちづくり市民交流プラザ)マルチメディアスタジオ6階
演題「尾道の文人群像―山陽・竹田・春琴・竹下―」
講師:高橋博巳(金城学院大学名誉教授)


頼山陽史跡資料館

電話FAX082-298-5051

 

2015・10・2

頼山陽を愛した女流画人 平田玉蘊

 

頼山陽の恋人といわれた尾道の絵師 平田玉蘊。

 

没後160年を記念して、広島県立歴史博物館で「頼山陽を愛した女流画人 平田玉蘊」が開かれる。

 

会期ごとに展示作品が変わるという。

 

玉蘊は作品の発見が続き、評価が高まっている。

 

 

これほど大がかりな展示は初めてだろう。


会期 平成27年10月9日(金)~11月23日(月・祝)


 1期 10月9日(金)~10月25日(日)
 2期 10月27日(火)~11月8日(日)  
 3期 11月10日(火)~11月23日(月・祝)

 

広島県立歴史博物館
〒720-0067 広島県福山市西町2-4-1
電話:084(931)2513 

FAX:084(931)2514

 


 

2015・9・29

門田朴斎展(菅茶山記念館)

 

茶山の養子になりながらも、わけあって門田姓に復し、茶山亡きあと、山陽に入門した門田朴斎(1797~1873)

 

その後福山藩に登用され、嘉永6年(1853)、ペリー来航の際、藩主阿部正弘に尊王攘夷を上申したため、免職となって福山に帰郷。

 

 

茶山や山陽から影響を受け、生涯、信念を貫いた朴斎の足跡を作品とともに紹介する。

 

2015年10月15日~11月23日

午前9時から午後5時

休館日は月曜日

(但し11月23日は開館)

観覧料は無料

 

菅茶山記念館(福山市神辺町)

 電話 084-963-2361

               

 

2015・9・27 

頼山陽文化講座「菅茶山と頼山陽のかかわり」

 

9月26日、頼山陽文化講座「菅茶山と頼山陽のかかわり」が広島市中区の袋町市民交流プラザで行われた。

 

講師は菅茶山の詩を研究されている西原千代氏。

茶山41歳、山陽9歳の出会いから、茶山が80歳で没するまでの二人の交遊を、書簡と詩から読み解いた。


茶山の器の大きさや、茶山も認めざるを得なかった山陽の才能が伝わる講演であった。



   会場の頼山陽史跡資料館和室(広島市中区)
   会場の頼山陽史跡資料館和室(広島市中区)

2015・9・16

上海からの賓客を招いて煎茶会

 

15日、広島市にある頼山陽史跡資料館和室で、三茶流煎茶会と講演会が開かれた。

 

頼山陽が煎茶を好んだことは広く知られる。

左から大熙和尚、石村良子さん、殷勤先生。お二人のお点前による煎茶をいただく。
左から大熙和尚、石村良子さん、殷勤先生。お二人のお点前による煎茶をいただく。


スペシャルゲストは、この日のためにわざわざ上海から広島にいらっしゃた法華學問寺を一代で開いた大熙和尚と、州佛學院の教師で、日本語もご堪能な殷勤先生。

 

頼山陽ネットワーク代表代行で、三茶流煎茶会雪輪会を主宰する石村良子さんと、頼山陽ネットワークの進藤多万さんが上海を旅行中、たまたまお二人に出会い、頼山陽の詩の一節「雲か山か呉か越か」をご存じだったことから交流が始まったという。


和室から見る庭。山陽が好んだ樹木が。
和室から見る庭。山陽が好んだ樹木が。
 お二人がいれる煎茶は格別の味わい。
 お二人がいれる煎茶は格別の味わい。

なんと、殷勤先生は中村真一郎の『頼山陽とその時代を』お読みで、しかも田能村竹田や、頼山陽、江馬細香とも接点がある清人 江芸閣(こううんかく)を調べていらっしゃるという。

 

講演会では、その殷勤先生が「頼山陽の詩にはまったく和臭がない。中国語を話せる日本人はいても、日本人で、漢字を用い、ここまですぐれた詩を書ける山陽のような人はいない」と最大級の賛辞を送った。

 



さらに『日本外史』についても、中国との歴史を比較して「易姓革命が続く中国とは異なる、日本の国体を書いている」

 

『日本外史』は明治に入り、上海版が出された。その件についてもお尋ねした。はたしてお答えは……。

 

続きは12月発行予定の「頼山陽ネットワーク通信第17号」で。その他の写真もそちらで紹介予定です。(会員様にお送り致します)

 

お楽しみに。

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